3-5

 ――また俺は悪夢に閉じ込められるのか

 

 そう思ったが、いつまで経っても鎌は振り下ろされない。


「一分が経ちました」


 案内人の言葉で顔をあげる。いつの間にかすごろく会場に戻っていた。心臓がうるさいくらいに鳴っていて、息もあがっている。


 ――助かった……


 秋彦はゆっくりと立ち上がった。体が震えている。長い一分間だった。恐怖心に打ちのめされ、呆然としていると再び順番が回ってきた。


 あなたの番です。数字を宣言してください。

 残り宣言回数「5」

 残りのマス「11」

 

 前方に伸びるマスを見て、めまいを覚える。


 ――また危険マスを引いたら……?


 秋彦は後ろのマスを振り返った。二十四マス目が緑色に発光している。秋彦の次のプレイヤーが、一発で安全マスを引き当てたようだ。そしてそのマスに他のプレイヤーが群がっている。


 ――ここで俺が一を宣言し、そこが安全マスだったら、彼らは俺のマスに群がる。そうすれば残り十マスでプレイヤー八人が横並びになる。先頭の俺はまだ不利だが、それでも開放するマスの兼ね合いによっては、後々、他のプレイヤーが先に行くこともありうる


 秋彦の考えはすでに自分が安全に助かる方向へシフトしていた。さきほどのピエロが秋彦の心を完全に折っていたのだ。


 ――悪い、春斗……


「一」


 秋彦がそう宣言すると目の前のマスが明滅した。三十マス目だ。秋彦は恐怖で身体を震わせながら、慎重に一歩を踏み出した。


 ――どうか安全マスであってくれ!


 秋彦の心の叫び虚しく、けたたましい警告音が鳴り響いた。

 またしても危険マス。

 秋彦は呆然とする。


『喉が渇いたから飲み物を飲むことにしたよ。三つのドリンクの内、一つには青酸カリが入っているから気を付けよう』


「一つをお選びください」


 振り向くと盆を持った案内人が立っていた。盆の上には三つのショットグラスが置かれている。液体はどれも血のように赤かった。

 秋彦は震える手で真ん中のグラスを選択した。しかし飲むことができない。制限時間が近づいてくる。

 外れは一つだけ。大丈夫。セーフである確率の方が高い。そう言い聞かせ、秋彦はグラスに口を付けた。次の瞬間、口内と喉に燃えるような熱さと痛みを感じ、グラスを落とす。


 ――外れを引いたか……?


 のど元を抑え、目を見開く。

 電光掲示板に目をやると、間もなく表示が切り替わる。


『セーフ』


 口の中が痛い。秋彦は激しく咳き込んだ。


「俺は何を飲まされたんだ……?」

「デスソース入りの飲み物ですよ」


 案内人は笑いながら言った。

 降りかかる理不尽に無性に腹が立った。


「必要ないだろ……」

「それよりも一番初めに三十マス目にたどり着いた秋彦様には、通過ボーナスが与えられます」


 案内人の言葉で秋彦は、はっとする。気が動転していて、ボーナスのことはすっかり忘れていた。


「どんなボーナスなんだ?」

「開示カードです」

「開示カード?」

「秋彦様はマップ上で十マスまでマスの内容を知ることができます」

「十マス?」


 秋彦は目を見開き、すぐに端末を取り出した。それからマップに目を落とす。画面の左端に『開示カードを使用する(残り十回)』と出ていた。

 秋彦の目に希望の光がともる。


 ――十回もあれば、自分の前に伸びる全てのマスの指令を知ることができる


 案内人からカードの使用方法を聞き、秋彦はマスの指令を次々と開示していく。爛々と輝く秋彦の目は、しかし次第に暗くなっていく。


 ――生贄が必要っていうのはこういうことか……。悪魔かよ……


 秋彦は開示されたマスの指令を見て、言葉を失った。


 三十一マス目 危険マス『意地悪な魔王に遭遇。宣言回数を「3」減らされる』

 三十二マス目 危険マス『爆弾のある部屋に閉じ込められた! 赤か青の導火線のどちらかを切ろう! 二分の一で爆死』

 三十三マス目 安全マス『人恋しくなった。他のプレイヤーに電話をかける』

 三十四マス目 危険マス『生贄を欲する怪物と遭遇。ゲームの参加者の内、一人を生贄として差し出そう。※生贄にしたい参加者の名前を端末に書いて送信。自分の名前でも可。生贄になった参加者は脱落し、悪夢に閉じ込められる』

 三十五マス目 危険マス『一マス戻る(三十四マスへ)』

 三十六マス目 危険マス『三マス戻る(三十三マスへ)』

 三十七マス目 危険マス『五マス戻る(三十二マスへ)』

 三十八マス目 危険マス『七マス戻る(三十一マスへ)』

 三十九マス目 危険マス『九マス戻る(三十マスへ)』


 三十五マス目以降は全てマスを戻されるため、プレイヤーは三十四マス目に止まって、“六”を宣言しない限り、このゲームをクリアすることはできない。そして三十四マス目の指令で生贄を指名する必要がある。つまり誰かを犠牲にしない限り、このゲームをクリアすることはできない。


 ――参加者は九人だから四人は他の参加者の名前を書いてクリアすることができる。でも他の五人は生贄になるか、生贄を書くことができず、ゲームオーバー………


「残酷すぎる……」


 秋彦がそうこぼすと端末が秋彦の順番を告げた。


 あなたの番です。宣言したい数字を選んでください。

 残り宣言回数「4」

 残りのマス「10」


 ――どうすればいいんだ……


 四マス進み、誰かを生贄にするしかないのか? 

 でも生贄するとしたら誰を?

 そう考えて真っ先に思い浮かんだのは冬木羊一だ。大杉から冬木の悪評はさんざん聞いていた。第二回ナイトメアゲームのプレイングを見ても、大杉の評は間違っていないように思える。しかしだからといって生贄にしていいものなのか。


 ――春斗だったら、どうするんだ


 そう思って、秋彦は宣言する数字を決めた。


「三」


 秋彦がそう宣言すると三マス先――三十三マス目が明滅した。そのマスは安全マスで他のプレイヤーに電話をすることができる。春斗に電話をかけて、助言をもらおう。秋彦はそう考えた。

 三十三マス目に止まると電光掲示板の文字が切り替わる。


『人恋しくなった。他のプレイヤーに電話をかける』


「端末をごらんください」


 秋彦は案内人の言葉に従って、スマートフォンの画面に目をやる。そこには他の参加者の名前が並んでいた。


「電話をかけたい相手の名前をタップしてください。ちなみに電話ができる時間は、五分です」


 秋彦は迷わず山吹春斗の名前をタップし、スマートフォンを耳にあてる。コールサインが二度続いたあとで、春斗が電話に出た。


「もしもし秋彦か?」

「春斗……」


 春斗の声を聞いて秋彦は無性に泣きたくなった。ただそんな時間はない。歯を食いしばり、本題に入る。


「春斗、困ったことになったんだ」

「三十四マス目の生贄マスのことか?」

「なぜそれを?」

「通過ボーナスで開示カードというのをもらえて調べたんだ。三十四マス目を知っているような口ぶりからして、秋彦も開示カードをもらったのか?」

「ああ、そうだ。それでどうしたらいい? 誰かを犠牲にしないとクリアできない。誰を選べば……」

「俺も最初はそう思った。プレイヤーの半分はクリアすることができないんじゃないかって」

「最初は? 何か別の方法があるのか?」

「ああ、そうだ。このゲームは、全員がクリアできるように“抜け道”が用意されている」


 秋彦は目を見開いた。


「抜け道? どういうことだ?」

「抜け道というのは――」

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