幽(かす)かな少女と月影の青年

入江 涼子

第1話

 私は気がついたら、ふよふよと空中に浮かんでいた。


 辺りはビルとかマンションとかが並び立つオフィス街だが。自宅からはちょっと、離れている所だとは認識できた。では、何故に私はこんな空中で浮かび、彷徨っているのか?

 確か、普段通りに自宅を出て登校途中だったはずだ。そう、私は現在、高校三年生である。んで、父と二人暮らしだ。名前は西藤明里さいとうあかり。年齢は十八歳であった。よし、自身についての記憶には問題がないみたいだ。

 なら、空中に浮かぶ前に何があった?

 私は瞼を閉じて、思い出した。


 私はアスファルトの道路をテクテクと歩いていた。まあ、学校には十分間に合う時間ではあったはずだ。遅刻しかけて、慌てて走っていたわけではない。普通に歩きながら、空を見上げた。


「あー、寒い。けど、綺麗な空だわ」


 私は両手を擦り合わせながら、独り言ちた。ぼんやりとしていたら。いきなり、キキィッと自動車のタイヤがスリップする音が辺りに響く。それは私がいる方角へ突っ込んでくる。


「……うわぁーー!!」


 私は大声で叫びながらも、その場を動けない。ドォンという何かとぶつかる音と自身の体が宙に放り投げられる感覚が同時に起こる。背中や頭などに凄い衝撃があり、アスファルトの地面に強かに打ち付けた。頭から、ぬるりとした物が流れ出す。意識はそこでブラックアウトした。


 ……あ、全部を思い出したわ。私は突っ込んできた自動車にぶつかられたんだ。いわゆる交通事故に遭い、あの世に逝ってしまった。  

 だから、肉体ではなくて幽体の状態なんだ。不思議と腑に落ちる。けど、幽体だと寒さを感じにくいしお腹が空かない。

 ただ、空虚さと悲しさが込み上げてくる。しばらくはふよふよと浮かびながら、ぼんやりとしていた。


 私の肉体はどうなったのだろう。たぶん、救急車で運ばれて病院に担ぎ込まれたとは思うが。それを人に訊こうにも術がない。仕方ない、空中でなく地面に降り立つか。意識しながら、地面に足をつけた。歩き出したのだった。


 誰も私に目もくれずに歩き去って行く。しかも、透けているから、ぶつかる事もない。スカッとすり抜けていくだけだ。これはこれで最初は驚いたが。けど、何度か繰り返す内に慣れてきた。

 人混みから離れ、裏路地に入る。宛度もなく歩きながら、辺りを見回す。


「……そんな所で何をしている」


『……はい?!』


「あんただよ、あんた」


 私が後ろからした声に振り向いたら。そこにはまるで月光を移し取ったかのような白金の髪に、淡い琥珀色の瞳が目を引くイケメンが佇んでいた。


「ふうん、あんた。悪霊ではないが、浮遊霊といったところか。こんな裏路地をほっつき歩いているのは何故なんだ?」


『……私が視えるんですか?』


「視える、だから。声を掛けた」


 イケメンは頷きながら、私に近づく。すぐ前まで来ると、頭に触れた。


『あ、触られてる感触が!』


「……あんたにも分かるように、軽く霊力を流し込んでみた。これなら、大丈夫だろ」


『え、お兄さんは何者なんですか?』


「俺はしがない霊能力者だ、名前はライ」


『ライさんですか、私は明里です』


「あかりさんな、よろしく」


 私は頷きながら、ライさんに笑いかけた。頭から彼は手を離す。


「こんな裏路地にいつまでもいたら、ヤバいな。あかりさん、案内するから付いて来な」


『はい』


 私はライさんに再び、頷く。彼に付いて行った。


 ライさんと二人で歩きながら、いろんな話を聞いた。

 ライさんはこの町の郊外にある霊能事務所に所属している事や年齢は大学二年で二十歳だと言う事を教えてくれる。私も代わりに、自身が高三でこの町に住んでいる事を話した。しばらくして、ある一軒家の前に来る。


「ここが俺ん家、一人暮らしではあるけど。あかりさんが成仏が出来るまではいてくれて構わない」


『ありがとうございます、お世話になります』


「ん、じゃあ。力を使ったから、腹が減った。飯にする」


 ライさんと二人で家の中に入った。彼との不思議な共同生活が始まるのだった。


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