・弩近眼の入学試験 - ここ、イザヤ学術院じゃねぇ…… -

 父さんが進学を許してくれたあの時、俺はすごく嬉しかった。

 彼は自分の夢を息子に押し付けることを止めて、息子が息子の人生の舵取りを担うことを認めてくれた。


 俺はこのイザヤ学術院で、死んだ父さんが誇れるような、立派な生徒になる。

 そう信じて迎えた本試験で、俺は……ようやく、気付いた……。


 さあやるぞ!

 と、テスト用紙に刮目かつもくしたその瞬間、全ての違和感の答えを見つけた!!


 動揺のあまり、ボキリとペン先がへし折れ、テスト用紙が破けた!!!


 そこには、こうあった……。


【問1.アルファベッドをABC順に正しく書きなさい】

【問2.次の足し算と引き算の答えを書きなさい】

【問3.ブルータスくんは金貨1万枚を持って軍艦を買いに行きました。軍艦の値段は金貨810枚です。さて、何隻買えたでしょう】

【問4.太陽は東、西のどちらから昇るでしょう】


 これ、違う……。

 ここ……違う……。


「どうした、グレイボーン?」

「違う……」


「は、何がだ?」


 すまない、クルト教官。

 すまない、クラウザー様。

 すまない……。


 キッチリと答案用紙に答えを書き込んで、自己採点で満点を確認したところで、俺は叫んだ!!




「ここ…………イザヤ学術院じゃ、ねぇぇぇぇぇぇーっっ!!!!!!」




 筆記試験を受け持っていたクルト教官は、俺の突然の発狂にさぞ驚いただろう。

 思い返してみれば最初から全部がおかしかった。


 学者と官僚を育成する学校で、筋力テストなんてするわけがねーーっっ!!


「おい、待て、どこに行くグレイボーンッ?! お前は主席入学確実なんだぞっ!?」

「すまん、間違えた……」


「何がだ!? いいから席に着け!」

「そうはいかない……。なぜなら、俺は……このマレニア魔術院に入学する気はないからだっ!!」


「な、なんだってぇーっっ?!!」

「すまんっ、すまんっ!! 俺はっ、試験会場を間違えた!!」


 そう叫ぶと、周囲の志望者に大爆笑された。

 そりゃそうだ。

 入学試験会場を間違えるバカなんて、それこそ前代未聞だ。


 パーフェクトと言ってもいい大バカだ。

 それが俺だ。

 俺は、俺は、パーフェクトバカだ!!


「ま、待てっ! お前の才能、イザヤなんかで腐らせるわけにはいかないっ!」

「止めるな、クルト教官!」


 クルト教官は教室の出口をふさいだ。

 騒ぎを聞き付けて、試験の飛び入り参加を許してくれた、あの声の太い教官までそこに加勢した。


「おい、ルーキ! もったいねぇこと言うんじゃねぇよ!」

「そうだ! マレニアで冒険者になれっ、グレイボーンッ!」

「いいや俺はイザヤに行く! 冒険者になるのは、その後だ!」


「あっ、あの野郎っ!?」


 正規ルートが使えないなら道は1つ。

 俺が抜け道を使うと、筆記試験会場から『飛び降りた!?』とか『ここ3階だぞ!?』とか、少し愉快な声が頭上から聞こえた。


「追えっ、追えっ! 全職員っ、あの重弩を持った若者を追えーっ!!」

「入試試験主席が逃げたぞーっっ!! ヤツはイザヤに入学するつもりだっ、絶対に捕まえろーっっ!!」


 なんと熱意ある教師たちだろうか。

 ふんじばってでもマレニアで教育を受けさせたい、その熱意はしかと受け取った!


 素晴らしい教育精神だ!

 この学校は、教える側に情熱がある!

 実に素晴らしい!


 だが俺は、決めた予定を変えられるほど器用じゃない!


 うっかり間違えて別の学校にはいっちゃいました、てへっ!

 なんて報告、リチェルに出来るわけがねーしっ!!


 俺は逃げた。

 阻む教師たちの隙間をすり抜けて、自慢の脚力でマレニア魔術院を飛び出した!


「考え直せっ、グレイボーンッ!! お前はマレニアで学ぶべき人材なんだっ!!」

「しつこいぞ、クルト教官!」


「お前は主席入学なんだぞ! それを蹴ってイザヤに入学だってっ!? マレニアのメンツを潰すつもりかお前はっ!!」

「だからすまんっ、間違えたんだ!!」


「ダメだ、今更間違えましたじゃ、済まさないっ!!」


 都ダイダロスの裏路地を、大通りを、時に魔導トラムを盾にして、俺は教官の追撃から逃げた!


 マレニア魔術院、恐るべし。

 クルト教官はいくら逃げても振り切れなかった。


「あら坊や、どちらへ?」

「うっっ、女史……っ?!」


「どうやら貴方、ロウドック以上の大バカみたいね。メテオッ!!」


 町中で隕石降らすオバちゃんに待ち伏せされたけど、俺は元気です。

 俺は逃げて、逃げて、隕石を避けて、避けて、イザヤ学術院の敷地に逃げ込んだ。


「はぁ……バカな子……。でもあの男の息子なんだから、当然よね……」

「マレニアはいつでも君の入学を待っているぞ、グレイボーン。イザヤの試験になんか、落ちちまえーっっ!!」


 それが大人のセリフかよ!

 せめてそこは祝福しろよ、クルト教官!


「私に妙案があるわ。クルト、今回は退きましょう。フフフ……逃げられると、急に惜しくなるものね……」

「すまん……すまん!」


 謝罪して、俺は重弩を抱えてイザヤ学術院の敷地深くへと入った。

 すると誰かがこちらに駆け追って来る。

 まだ追想劇が終わっていないのかと身構えた。

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