・弩近眼の入学試験 - ロートルと品出しの鬼 -

 次の試験会場はまた屋外だった。

 それでいて試験官はとても嫌なやつだった。


 その男は俺を引率してくれたクルト先生を追い払い、ネチネチとした嫌味で俺を迎えてくれた。


「うっっ?! 貴様っ、本官を挑発するかっ!」

「悪い、言い忘れた。俺は顔を近付けないと、相手の容姿がよくわからないほどに目が悪いんだ」


「白々しい嘘を吐くな!」

「どうして誰も信じない……」


 声質からしてそんな気はしていたが、その教官は50過ぎの男性だった。

 褐色の髪は白髪混じりで、目元が暗く、いかにも性格が悪そうに口元が歪んでいる。


「主席? 貴様のようなどこの馬の骨かもわからん小僧が、主席入学だと!? どんな不正を使ったっ、小僧ッッ!!」

「どうでもいい……。次が筆記試験なんだろ、早く終わらせてくれ」


「ククク……よかろう。こっちに来たまえ、小僧」

「なんでそんなに邪険なんだ。俺が何したよ、教官」


「黙れ! 不正を使わなければ、こんなおかしな数字が出るわけがないだろうがっ!」

「出ちゃったもんはしょうがないだろ……」


 やっぱり嫌なやつだ。

 まあいい。結果を出して認めさせればいいのだから。


 元23歳スーパー勤務。

 品出しの鬼と呼ばれたこの俺を技を、この男に見せてやる。


「あそこの的が見えるな?」

「ああ、かろうじて何となくぼんやりと曖昧に、なんとかな」


「やかましいっ、イエスかノーで答えろっ!」

「それ先に言えよ……」


「その重弩であの的を撃て。1発で当てれば満点。2発なら50点。3発でも当たらなかったらマイナス2万点っ、不合格だっっ!!」

「なんだそりゃ……出来の悪いクイズ番組かよ……」


「黙れっ、イエスかノーで答えろと言っているっ!!」

「はいはい、イエスイエスオーイエース……」


「ふざけるなっ! 貴様のような――なっ、ぬぁぁっっ?!」


 巨大なクロスボウ、重弩の弦を軽々と引き、鋼鉄の矢をつがえて見せると、教官はただそれだけで絶句した。


「驚くのが早いぞ、爺さん」

「だ、誰がジジィだ、クソガキ! 私はまだ57だ! まだギリギリおじさんだ!」


「それ立派なジジィじゃね……?」

「黙れクソガキ!!」


 正確な射撃のために地面に寝そべり、重弩を的に向けて構えた。

 俺の目は胴体視力特化。動いていない的を狙うのは苦手だ。


「ククク……的まで100メートルはある。当てられるものなら、当ててみせろ」

「まあ、勘でどうにかなるだろう……」


 見えてはいるんだ。

 焦点が合わないだけで。


「さあ、撃て! 早く撃て! さあ、さあっ!」


 先ほどここに来たときに確認したが、的は人型のわら人形だ。

 まるでゴブリンのような緑色の草を使ったもので、赤錆まみれの鎧を着ている。


 俺はボウガンの照準を精確に合わせ、ターゲットの左胸部、心臓のある場所を狙ってトリガーに手をかけた。

 そして撃った。


 重弩はまるで爆ぜるかのような凄まじい音を轟かせて、鋼鉄の矢をターゲットの胸にぶち込んだ。

 矢が着弾するとわら人形は根本から千切れ、跡形もなく吹き飛んだ。


 ……はずだ。


「バ、バカなぁぁ……っっ?!」

「その様子だと、ちゃんと当たったみたいだな」


「不正、不正だっ! 何か不正を使ったんだろう、貴様っ!!」

「ああ。実はオカマの神にヘビーボウガン使いの才能をもらったんだ」


「ふざけるなっっ!! れ……0点っ、貴様は0点だっ!!」

「なんで?」


 この人、本当に嫌なやつだ。

 特に他意はないが、俺は重弩に新らしい矢をつがえて、弦を引いて、彼へと振り返る。


 ただそれだけで十分な威圧効果があった。

 教官は恐怖に声を上げて後ずさった。


「1発で当てたら100点。先生そう言いましたよね?」

「うるさい黙れ……! こんな番狂わせ、認められるかっ!!」


「番狂わせ……? へぇ……?」

「うっ……」


 彼にとってそれはまずい失言だったようだ。

 俺は穴馬で、主席入学には本命がいた。


 この教官がムチャクチャな条件を突き付けてきたのは、俺を主席にしたくないから。

 そう解釈するのが妥当だろうか。


「誰か、主席入学が内定していたやつでもいたのか?」

「な、何を言う……っ!」


「なぜうろたえる? こっちは聞いてみただけだ。……で、俺は100点だよな?」

「きょ、教官を脅す気か、貴様……っ!」


「レギュレーションを決めたのはそっちだろ。俺が気に入らないのはわかったから、せめてルールは守れよ」


 ボウガンの弦を指で鳴らすと、教官は青ざめた。

 この重弩は必殺の破壊力を持ち、その使い手は必中の照準能力を持つ。


 もし撃たれたら確実に即死だ。


「ひゃ……ひゃく、100点、だ……」

「そうか、わかり合えてよかった」


 互いに合意が出来たので、鋼鉄の矢筒に戻し、弦を元に戻した。

 目の前から大きな安堵のため息が聞こえた。


「だが次の剣術試験の結果次第では、やはり貴様は不合格だ!」

「んなムチャクチャ通るわけねーだろ……」


「やかましい! ……はっ、ぼ、ぼぼぼっ、坊ちゃまぁっ!?」


 誰かが来たようだ。

 嫌な教官はその坊ちゃまとやらに駆け寄り、コソコソと耳打ちをする。


 聞こえていないと思っているようだが、こっちは視力が低い分、聴覚が鋭い。

 何もかも丸聞こえだった。


「まずいですぞ、坊ちゃまっ。あの男っ、このままでは坊ちゃまの成績にトリプルスコアを立てて、主席入学の座をかっさらってゆきますぞ……っ!」


「うろたえるな、ロートゥル武術主任。こうなれば俺様直々に、ヤツを舞台から引きずり下ろしてやればいいだけのこと」


 彼らは俺に主席入学されては困る。

 それだけはよくわかった。

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