・弩近眼の入学試験 - いや明らかにおかしい -

「入学したらぜひ俺の学科を受けてくれよ。ん、そういえば名前を聞いていなかったな。俺は教官のクルトだ、よろしく」

「いや、俺に魔法の適正はない……。次の試験は0点だろう……」


「そうか? そうは見えないが」

「魔法なんてなんの縁もない。いや、妹は得意だが」


 この試験に落ちれば、リチェルとまた一緒に暮らせる。

 そう考えると別に落ちてもいい気がして来た。

 これまで通り、リチェルと静かに暮らすのもいいかもしれない。


「血縁者に魔法使いがいるなら、お前も魔法が使えるはずだ」

「そういうものなのか?」


「魔法使いは5割が才能で、もう5割が血だ。まず魔法が使える血族でないと始まらない」


 母さんもハンス先生も魔法なんて使えない。

 もし使えたら、あんな借金なんてこさえてないだろう。


「妹と言ったが、うちはちょっと複雑なんだ。ああ、俺はグレイボーン。グレイボーン・オルヴィンだ」


「オルヴィン……? ん、その名前、最近どこかで聞いたような……」


 英雄的冒険者ロウドック・オルヴィンの葬儀には、葬儀の日だけで約80名の参列者が訪れた。

 大半が現役を退いた冒険者たちだった。


 全盛期のロウドックは、俺の想像を遙かに越える大物だった。

 勘が鋭く冷静で、多くの冒険でリーダーの役目を果たした。


 負傷さえなければと、多くのロートル冒険者たちが嘆き、その息子の俺にマレニア魔術院への入学を薦めた。



 ・



「ああ、女史! 活きのいいやつを連れて来た! 魔力の測定を頼む」

「あら……。ん……貴方、どこかで会ったかしら……?」


 次の試験会場は薄暗い屋内だった。

 ぼやける視界に青、黄、赤の光が揺らめき、黒い衣装をまとった女性がイスか何かに腰掛けていた。


「いえ、初対面です。と言いたいところなのですが、すみませんが失礼」


 女史と呼ばれるくらいだ。

 念のため丁寧語にしておこう。

 俺はその女史に近付き、顔を間近に近付けた。


 女史は黒髪に青白い肌、紫の口紅を引いた30台後半ほどの美しい女性だった。


「ウグッ?!」

「あら失礼、つい手が出てしまったわ」


 その女性は一歩退くと、相手に鋭いビンタを入れた。


「いや、慣れている」

「あらそう」


 平気だと答えると、もう1発殴られた。


「女史、グレイボーンは目が悪いんだ。彼はただ質問に答えようとしただけだ」

「あらそう、先にそう宣言しない方が悪いわ」


 もっともだ。

 だが障害をいざ抱えてみるとそうなのだが、人にいちいち自分の事情を説明するのは面倒だ。


 よって殴られたり、驚かれたりする方がずっと楽だった。


「グレイボーンもよくやるよ。女史は恐い人だ。あまり怒らせると、カエルやブタにされてしまうぞ……」


 そう言われてしっくりときた。

 女史は魔法使いというより、魔女って感じの出で立ちだった。


「その巨大な重弩……ロウドックが使っていた物に似ているわ……。あら、これ、全く同じ物……?」

「ロウドックを知っているのか?」


「ええ……。よく見れば、顔立ちも若い頃の彼に似ているじゃない。わかったわ、貴方は、ロウドック坊やの息子ね?」


 女史の推理力よりも、実年齢の方が気になるセリフだった。


「ああ、息子だ。この重弩は父ロウドックから受け継いだ」

「そう。……合格よ」


 女史はクルト先生のバインダーを奪い、ペンを鳴らしながらそう言った。


「……へっ?」

「魔力の大きさも主席で通しておくわ」


「…………は? え、試験は?」

「私を誰だと思っているの? もう計ったわ。ダブルスコアのトップよ」


 な、何言ってるんだ、このおばさん……?

 俺に魔力? そんなものどこにもない。

 本当に凄いのはうちの妹だ。


 もしやうちの妹の残り香ならぬ、残り魔力でも染み着いていたか……?

 まあ、うちの妹はマジモンで天才だからな!


「ちょっと待ってくれ、これは何かの誤解だと思う。俺は魔法なんて使えないぞ」

「そのようね」


「いや、そのようね、って……」


 この人、なんなんだ……?


「だけどこれ、潜在魔力だけが評価対象だから。魔法技術が0点でも、試験の上ではダブルスコアなの」

「凄いな。お前、もうこの時点で主席入学確定なんじゃないか? やったな、グレイボーン」


 主席……?

 え、マジで……?


 いや、でも、本試験は……?

 筆記試験なしで、首席……?


「う、うん……? ん、んんーー……?」


 何か……何かがおかしくないか……?


 そもそもなんで俺は遅刻したんだ?

 試験は夕方からだったはずなのに、なぜもう始まっていたのだろう。

 何か、何か大きな見落としがあるような……。


「さすがに次は筆記試験、だよな……?」

「次は実践試験だ。得意武器と、剣術の技量を計らせてもらう」


「まだあるのか……」

「まあまあ。入学はもう決まったようなものだ、気楽にな、グレイボーン」


 なるほど、官僚や研究者だからこそ、我が身を守れるようにするべきということか。

 いや、無理があるだろう、イザヤ学術院……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る