第18話 翼竜と竜人
『祈りの崖』にやってくると、セティは怖がらずに崖の端まで行き、そこからの景色を一望する――と言っても、下方向の宙空は胞子で曇っているのだが。
「この下から、ファレル様と一緒に上がって来たんですね……」
「ああ。あの時のことを覚えてるのか?」
「はい、意識が無かったと思うので、本当に薄っすらとですが。ファレル様が自分の身体に、僕のことを縛り付けてくれていたのを覚えています」
「もし落ちたら元も子もないからな。あの時世話になった翼竜を呼んでみていいか?」
「っ……今、あの
セティの承諾を得て笛を吹く――すると、間もなくグラが上空まで飛んできて、羽ばたきながら高度を下げる。
「ファレル様とあなたのおかげで、僕はこうして生きていられます。本当にありがとうございます」
「……ガルッ」
「まあそういう話よりも、グラに対する礼ならこれが一番だ」
マルーンキングの尻尾肉――これで在庫切れなのでまた獲りに行かなければならないが、セティからグラにお礼として与えてもらう。
セティは肉を包んでいる紙を剥がし、両手で捧げ持つようにする。グラは俺の方を窺ってから、セティの手を噛まないように肉だけを食べる。
「っ……くすぐったいです。僕の手は美味しくないですよ?」
肉の味がついてしまったのかは知らないが、グラはセティの手を舐めている。そんな姿を見るのは初めてで、驚くと同時に感心してしまった。
「驚いたな……俺ですらそんなことはされないぞ。グラ、セティが気に入ったのか?」
「ガルゥ」
「あっ……今、グラさんが何をおっしゃっているのか分かりました」
「それって……セティ、竜の言葉が分かるってことか?」
俺には喉を鳴らしているくらいにしか聞こえないが、セティにとってはそうではないらしい。彼はグラの声に耳を傾け、そして少し顔を赤くして言う。
「ええと……『私の友はいつも一人だが、仲間と来たので驚いた』と……」
「っ……そんなこと考えてたのか?」
「それと……グラさんは身体が成長する時期なので、ファレル様が持ってきてくれたお肉で順調に大きくなっているとのことです」
「確かに、最初に会った頃よりはデカくなったな」
「グルルッ」
グラは返事をするように喉を鳴らす――俺にも言葉が分かれば、とセティが少し羨ましくなる。
「グラ、お前のおかげで今までかなり助けられたし、今後も何か困ったことがあったら言ってくれ。セティ、伝えられるか?」
「ファレル様の言っていることはだいたい分かるそうです。群れの仲間がいるので心配するなとおっしゃっています」
他のグライドアームがこちらに近寄ってきたことはない――グラの力を借りられるようになるまでにも色々あったのだが、俺は翼竜のことを何も知らなかった。
そして今回は、グラを遠くから見守るように、何体かのグライドアームが姿を見せている。
「……そうだ、グラ。ここから降下するとき、途中で大樹の上に寄ったことがあっただろ。あの時に見つけてくれた葉と実なんだが、他に採れる場所はあるか?」
「グルルッ、グルッ」
「『あれは竜たちが傷などの回復を速めるために食べるもので、おそらく
「なるほど……」
翼竜が好むものは、竜人にとっても効果がある。そして俺にも――だが、昨晩出た効果は回復というより、違うものだったような気もする。
「ガルルッ」
「『また必要であれば探しておく』と仰っています」
「ああ、ぜひ頼む。無理はしなくてもいいからな。仲間にもよろしく伝えてくれ」
グラは頷くような仕草を見せ、セティの方に目を向ける。
「僕に何か……は、はいっ、それはその、一生懸命頑張りたいと思っています」
「ガルッ」
「何の話をしてるんだ……って、行くのか」
グラが崖の方を向き、地面を蹴って飛ぶ――翼を広げて滑空を始めると、仲間たちも集まってきて、そのうちに姿が見えなくなった。
「セティ、ありがとう。グラがあんなことを考えていたなんてな」
「ファレル様はお強いので、頑張ってついていくようにとおっしゃっていました」
「そういうことか。なんというか、俺よりグラの方が落ち着いてるな」
「グラさんは二十歳くらいなので、成竜になるまではまだまだ時間がかかります」
そんなことまで今のやり取りで分かるのか――もはや感心するしかない。
「……よし、挨拶も済んだし、依頼をこなしに行くか」
「はい……凄い、こんなに詳しい地図を作られているんですね。『黎明の宝剣』の人たちが買っていた地図は、下層に降りる道が書いてあっただけでした」
「彼らの目的を考えれば、まあそうだろうな。1層に用がない連中は他のものには興味を示さない。だが、各層に面白い場所は山程あるんだ……1層ずつくまなく見て回ったら、それだけで何年も過ぎるけどな」
「ファレル様もそうしてきたのなら、僕も同じものを見てみたいです」
「ああ、一つずつ紹介して行こうか」
◆◇◆
――ヴェルデ大迷宮 一層東部 『妖霧の森』――
大迷宮一層と外界との違いは、大迷宮内には特異な環境の地形が存在するということだ。
「この森は初級冒険者がよく依頼で足を運ぶが、気をつけなければいけないことがある。霧が出ると何が起こるか分からないから、もし発生したら近くの樹洞に入ってやり過ごす。それさえ守れば危険はない」
「はい、分かりました。この辺りは人が入ることも多いみたいで、道ができていますね」
セティはやはり怖がることなく進んでいく。もし何か起きそうなら警戒するように声をかけなければ――と思ったそのとき。
「――うぉぉぉぉ!?」
前方から男の声が聞こえる――急いで急行してみると、蔦のようなものに足を絡め取られ、木の上から宙吊りになっている男がいた。
「なんだこりゃっ……魔物の襲撃か!?」
「こいつは罠だ、魔物が罠を……くそっ、この蔦、固くて切れねえ!」
「うぁぁぁっ、足がっ、足が締めつけられる……っ!」
若い男性冒険者三人のパーティが、すでに総崩れになっている――あれは魔物ではなく、
「ファレル様、あの人たちを助けます!」
「セティ、その蔦は剣じゃなく、炎を使わないと――」
「――すぅぅ……!」
セティは大きく息を吸い込む――そして次の瞬間、口から火を吹いた。
竜の特性である『
「――せやぁぁぁっ!!」
火球の精度は非常に高く、延焼しないように考慮されている。セティは蔦の罠を張った食人植物を見つけ、ショートソードを閃かせた。
「お見事……!」
思わず感嘆する。分かってはいたが、凄まじい身のこなしだ。食人植物は地面から養分を吸うための茎を全て切られて動かなくなる。
「た、助けてくれたのか……」
「大丈夫か? こういうことがあるから、火の類は用意しておいた方がいい」
「……あ、あんたのことを……兄貴と呼んでもいいか?」
「駄目だ。助けてやれるのは今回だけだからな」
多少突き放すような言い方ではあるが、弟分を作りたいわけではない。
「あ、ありがとうございます……!」
「なんて動きだ、あの人も。剣が全く見えなかった」
「この辺りはちょっとクセがあるから、慣れるまでは『平原』に行った方がいい。それとも、何か依頼を受けてきたのか?」
「は、はい、薬草探しを……さっき薬草を採ろうとしたら、いきなり蔦に足を取られて」
「あれくらいの罠に引っかかるようなら、街で盗賊を仲間に加えた方がいいぞ」
このまま放っておくとまた窮地に陥りそうなので、最低限のレクチャーをする。三人は納得したらしく、いったん街まで引き上げていった。
「罠……ですか? ファレル様、僕にはそうは見えませんでしたが」
「それはセティが強いからだな。
「あ、ありがとうございます……かなり抑えて撃ちましたが、狙い通りにいきました」
朗らかに笑うセティ――回復したばかりで、そして片目だけで見ているのに、それでも細い蔦を狙って切れるのは大したものだ。
「俺が何もする必要がないってのは、嬉しい驚きだな」
「ファレル様は、落ちそうになった方を受け止めてくださいました。僕はそこまで考えられていなくて……」
「まあ、いきなり怪我して躓くってのも辛いだろうしな……何か楽しそうだな?」
「やっぱりファレル様は優しいです」
何かこそばゆくなってきて、セティの頭をぽんと撫でたあと、目的の薬草を探し始める。
さっきの若い冒険者は食人植物の罠に運悪く引っかかってしまったが、罠を避けられれば薬草自体はいずれ見つかる――光に当たらなくても育つ植物で、木陰などに生えている。
「ファレル様、十本集まりましたっ!」
「なにっ、俺はまだ五本なんだが」
俺が冒険者として初めて正式にパーティを組んだ相棒は、称賛の言葉がそのうち足りなくなると思えるほどに優秀だった。
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