第26話・剣聖リヒトの誤算

「私は、あかねだ!邑先あかねだ。航海、龍二!私の身体は、いずきに奪われた」

 あかねの話によると、いずきはバルス・テイトとしてログインしていたあかねを殺害。【魔英の指輪】をバルス・テイトあかねに装着し、ゴード・スーとなっていた いずきは自死。

 いずきの意識体は【魔英の指輪ヒュー・ジ・フューネ】の所有者の身体を強制的に支配する。いずきはこの方法でバルス・テイトのなかのあかねを追い出し、自身がバルス・テイトになり変わった。ゲーム内で死亡しているあかねは、強制的にゴード・スーのなかに意識体が移動する。それぞれが入れ替わった。


 ログアウトすればどうなるのか?いずきとなったバルス・テイトがログアウトすれば、いずきはあかねの身体で目覚める。現実世界での意識体もゲームとリンクする。

 一方、あかねは、簡単にログアウトはできない。ログインキャラクターでログアウトが必須。それゆえに、バルス・テイトを取り戻さなければ、あかねは永遠にゲーム内に閉じ込められる。


「ゴード・スーが邑先いずきだってことは、だいぶ前から掴んでたんだけど、まさか、あかねさんと入れ替わったとはねぇ」


 ガルフが半ば諦め気味に呑気に言った。羽を畳み、もう戦う気力も失せたような素振りだった。

「諦めんなよ、ゴード・スーがいずきさんなら、瀕死ってのはおかしかったもんな。いずきさんならそんなに弱くはないしな。で、いつから、入れ替わっていたんですか?」

 リグレットはゴード・スーあかねに訊いた。


「ゴード・スーがジャンヌに会いに行ったあたり。ジャンヌに【理性の指輪】を与えたあの頃」

 ゴード・スーあかねは淀みなく答えた。意識がしっかりしている。

「目的、いずきさんがあかねさんに入れ替わる目的ってなんですか?」

「たぶん、立花悟の救出」

「殺しに行くんじゃなくて?救出?」

いずきさんは立花悟を憎んでいたし、追っていたはずだとリグレットもガルフも思った。どうして、宿敵を助けるのか?


 立花悟が「ウッドバルト・オンライン・ワールド」に不正ログインしたのち、ゲーム内死亡で現実世界では意識不明となった。単独ログインで、蘇生もなされなかったためだ。


 立花悟はNPCのジャンヌをハッキングし、ゲーム内でログインできるようになってからは、ゲーム内のNPCを殺戮してまわった。それを阻止したのが紫イカズチこと、邑先いずきだ。その邑先いずきが、姉のあかねのキャラクター:バルス・テイトと入れ替わり、ログアウト。

 現実世界でのあかねの中身は、いずきということだ。目的は、「立花悟」の救出だと、あかねは言った。


 リグレットとガルフはその目的が理解できない。殺害ならまだしも、救出?なぜ?となるのは当然だった。


「立花悟は母親に狙われている」

 ゴード・スーあかねはようやく立ち上がり、リグレットの肩を掴んだ。

「母親?えーっと、立花優子ですよね。たしか、ゲーム内では剣聖リヒト」

 リグレットはあかねの掴む手をゆっくりと払った。

「剣聖リヒトはャンヌから経験値と立花悟の意識体の残りを奪ったんじゃ?」

 ガルフはログデータを再度確認しながら、二人の間を割って入った。


「あ!」

 リグレットは叫んだ。

「そうか、立花優子、剣聖リヒトは立花悟を生き返らせるためじゃなくて、そのまま植物人間の状態を維持するために、意識体を奪った。デリートしてしまえば、復活は困難に」

ゴード・スーあかねは黙っている。


「僕たちが、立花悟の存在に気づいたのはデバッグ前からです。ゲーム内の不正ログインはたびたびログで確認していましたし。おそらく魁さんもご存じだったと思います。なにせ、息子に自分のIDでログインされていたんですから。会社にも報告していない。身内が悪さしたと考えるのと筋が通ります。優子さんはゲームには疎かったから、消去法から言っても息子の悟としか考えられないでしょ。」

 リグレットは続けた。


「立花悟の素行についても調査済みです」

「あなたたちって…」

「ガルフ、マイク切ってるよね?あとログも読めないように【駕籠の鳥】詠唱したか?」

「もちろん」

 ガルフはリグレットの肩に乗った。

「立花悟、中学に入ったあたりから不登校気味で。離婚が原因だと報告書にはありました。魁さんの不倫、その相手はあなた。あかねさんですよね」

 ゴード・スーあかねは下を向いている。


「優子さんは荒れる息子、悟に手を焼いた。で言われるがままゲーミングPCを与えた。父親のIDとパスワードを使って、開発中のウッドバルト・オンライン・ワールドに不正ログインするのはたやすい。ハッキングなんかじゃない。盗んだんだ。だけど、キャラクターが設定できず、時間をかけてNPCのジャンヌをハッキング。ここまでは良かったが、優子さんが悟の異常性に気づいた」

「それは…」

「優子さんが見たのは、悟がゲーム内のNPCたちを虐殺した記録データ。悟はゲーマーサイトで配信していたからね。見てたんだね優子さんも、もちろん僕たちも」

 ゴード・スーあかねは深く深く頭を下げた。ゲームの世界だが、涙の設定はされている。目からは涙があふれていた。


「ごめんなさい。ごめんなさい」

「謝るのは僕たちにじゃないです」

「そうですよ、悟や優子さんにでしょ」

 ガルフの眼は憐れみを帯びていた。

「優子さんは、悟をもう目覚めさせないようにしたかったのか。手のかかる息子、治療費は、ア・シュラ・ゲームスから出続けるからな」

「もっと早くに、いずきさんと入れ替わったことを話してくれれば」

 恨めしそうにガルフが言う。

「だとしても、対して状況は変わらないよ。バルス・テイトいずきが正体バレたってわかった方が、いずきさんが何をしでかしたかわかんないよ」

 リグレットは頬に冷たい風を感じた。


 土煙が舞う、沈黙を守っていたセイトンがみんなに声をかける。

「お取込み中悪いんだけど、ほら噂をすればなんとやら」

 剣聖リヒトが二人の従者を引き連れて、現れた。十二聖騎士ダダィとデディだ。

 ゴード・スーあかねは【述懐の爪・金脈の爪】を装備して構える。ルイ・ドゥマゲッティは呪文の詠唱を始めている。完全詠唱を叩きこむ気だ。セイトン・アシュフォードは、【高回復の誉】を簡易詠唱し、ストックした。


 剣聖リヒトはリグレットとガルフに狙いを定めている。リヒトは大剣をふるう、【不滅の大剣】、呪いを帯びた剣だ。斬られた先から呪いが発動し、細胞と細胞の接合を分離させる。その呪いは時間をかけて、全身を侵食する。


 【不滅の大剣】はリグレットを貫き、剣を横に返し引き抜いた。リヒトはそのまま、身体を宙に浮かせ回転。斜め上から、大剣を振り下ろす。ガルフを真っ二つに斬り捨てた。粘土質のウッドバルト名物赤土、土埃が冷ややかな風と舞う。


 リグレットもガルフも二人は初期設定で、血の演出を【最強】にしていた。高い空を貫くかの如く、血が噴き出る。

リグレット航海ガルフ龍二!」

 ゴード・スーあかねは叫んだ。

 こうも簡単にこの手練れ二人が死んでしまうとは。


 優子さんがここまで強くなれたのは、なぜか?あかねは戦闘中にもかかわらず思考を巡らす。


 そうか、ジャンヌの経験値!


 優子はジャンヌから奪った経験値をわが物にしたのだ。

「優子さん!もうやめてください」

 ゴード・スーあかねが叫ぶ。

「魁さんとの関係を、心からお詫びします」

 剣聖リヒトは微動だにしない。セイトンがリヒトに飛び掛かるも、一蹴され、ルイの【轟雷ジ・ライオ】も簡単にレジストされた。


 剣聖リヒトの側で護衛していた、十二聖騎士のダダィとデディ。捨てられたエルフの子をドワーフのリヒトが育て上げた、という設定だ。ダダィとデディはリヒトを裏切れない。NPCから自立型AIに移行した二人。意思を持った二人であっても、リヒトは裏切れない。味方パーティ設定がされている。味方には攻撃できないゲームの仕組みを利用されていた。


 だが、ダダィは大剣をリヒトの肩に突き刺し、斬り落とした。デディは短剣を左下頬から右こめかみに向けて振り上げた。


 二人が主の剣聖リヒトを裏切ったのだ。

「おまったせ」

「僕たちですよ」


 ゴード・スー(あかね)もセイトンもルイも何が起こっているのかわからない。

リグレット航海ガルフ龍二ですよ」

 リグレット航海ガルフ龍二は剣聖リヒトに倒される直前にログアウトし、オートモードに変更。ログアウトと同時に、操作可能状態にしておいたダダィとデディで再ログインしていた。同一キャラクターを特定の素数の数だけ殺害と蘇生をすれば、ログインキャラクターとして確保できるというデバッグを利用したのだ。ダダィとデディはリグレットとガルフに何度も殺害され、蘇生されたのだ。


71, 73、双子素数と呼ばれるこの数がビンゴするまで時間はかかったが、ダダィを71回殺害し、デディを73回殺害した。殺害しては、【エイム・リバウム】で蘇生する。フラグが立てば、ログイン可能のステータスバーが表示される。デバッグをする上で、操作不可に思えるキャラクターに確かめるべき隠しコマンドでもあった。基礎中の基礎だ。


 剣聖リヒトは絶命するも、二人はあることに気づいていた。

「リヒト【呼吸】してなかったよな」

 ダダィリグレットデディガルフに訊いた。

「あぁ、これはオートモードだよな」

「ということは、立花優子は?ログインしていない。現実世界にいるってことか!」


 二人はあかねを残して、ログアウトし、開発ルームへと向かった。魁だけが、ぬけがらのように、魂をどこかに置いてきたかのように呼びかけても反応がなかった。生きてはいた、だが、「あぁ、うぅ」といったうめき声を発するだけの姿になっていた。


あかねいずきはどこに行った!」

龍二の問いかけに、魁は

「だ、だいとうじ、びょう、い、ん」

とだけ繰り返し呟いていた。

 

 航海は、魁を龍二に預け、ひとり大東治病院へと向かった。あかねの身体を乗っ取った邑先いずきの身が危ない。立花優子剣聖リヒトは悟が植物人間化したままでいるためなら、手段を選ばない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る