第20話・邑先あかねの覚悟

 セイトンはゴード・スーとともに、ルイ・ドゥマゲッティの警護にあたっていた。リム王国、リム・ウェルの腹心にして愛人、ルイ。リムがルイを見捨てたとあれば、リム王国全体の士気にも関わる、というのがセイトンとゴードの見立てだ。必ず救出に来る、来て欲しいとルイは願いつつも、内心セイトンやゴード、ウッドバルト王国での居心地の良さを心から慈しんでいた。


 剣聖リヒトに送り込んだジャンヌ。ゴードはいざとなれば精霊・炎狼がジャンヌを護ると踏んでいたものの、ジャンヌが瞬殺といっていいほどに即時無力化されるとは思っていなかった。リヒトが他人の経験値をこうも簡単に盗み取るとは、炎狼を通じてリヒトの邪悪さを確信できたことは大きな成果だった。


 満身創痍まんしんそういのジャンヌと、炎狼を通じての会話の途中、恐ろしい気配とあふれんばかりの魔力が近づいてくるのをセイトンは感じていた。砂煙とともに前進してくる、一歩も歩みを止めない確固たる信念のような、執着心のような殺気。セイトンは、リムが単身で乗り込んできたことを確信した。


「とんでもねぇことに、なってきたな」

 ゴードが両手に爪を装備する。ルイはリムの襲来に恐怖を感じていた。

「もしかしたら、私を殺しに来たのかもしれない。リム様が」

「そんなことないわよ。ルイを取り戻しに来たのね。悪いけど、タダじゃ、交換しない」

「そうさ、それ相応の代償を払ってもらわないとな」


 ゴードが爪に気を集中する。いつでも【阿吽呼吸シンクロニシティ】を発動できるようにと準備に余念がない。救護室を出た三人は、広場の先、旧ウッドバルト王国城でリムを待ち受ける。大地は赤土、粘土質の地面は水はけが悪く、踏み込むと足を取られる。肉弾戦向きとは言えない土地の特性を利用し、ウッバルト王国では武よりも魔を磨き続けてきた。


 四天王と呼ばれるゴードであってもこの赤土の上で戦うのは不利だ。子どものうちから、魔力を磨き魔法使い・僧侶への道を開く。そののちに戦士や武闘家のような直接戦闘型の技を磨く。魔をもって武を極め、魔武両道とするのがウッドバルト王国で生きるものたちの生きる道なのだ。


 邪悪な殺気が目前に近づいている。

「リム様!」

 ルイが迷い、はぐれた末に、母を見つけた子のように無防備に前へと出た。右手には【別格べっかく誓聖印プレージ】、左手には【破格はかく誓聖印プレージ】、間違いなくリムだった。リムは両手を広げ、ルイを迎え入れた。

 

 セイトンもゴードもリムの姿を見るのは久しぶりだった。リムの後ろにもう一人、懐かしい顔が。

「おーい、俺だ俺」

「バルス!」

 元四天王にして勇者、バルス・テイトがリムとともに近づいてきた。


「やっと、役者がそろってってことか」

 元四天王たちの前に現れたのは、【転移走術スクレプト】でガダルニア王国かあら瞬間移動してきたリグレットとガルフだった。


 バルスは【卑怯の大剣ゆうしゃのたいけん】を抜いた。背後にいるリグレットに向かって、剣をふるうと大気が揺れるのをセイトンとゴードは感じた。


 リグレットは【明鏡止水の槍】でバルスの渾身の攻撃をいなした。

「お、俺の攻撃を…」

 バルスは剣技とともに魔法【凍土襲来ヴィスターシャ】を放っていた。触れるものは、マイナス196度で瞬時に凍り付く。それを瞬時でいなしたのだ。

「タイミング合わせうまくなったね」

 ガルフはからかいながらリグレットに言った。


「あんな魔法、誰が実装させたんだよ。氷系って、サレンダーの【氷雨の凌ぎ】から出る特殊技しかなかったんじゃないのかよ」

「ベータ―版には炎系と雷系しか登録したなかったもんね、あかねちゃんも言ってた」


「なにブツブツ言ってるんだ!」

 ゴードが爪を交差させ、正面から今にも攻撃をしかけてきそうだった。セイトンがリグレットの左側、リムがセイトンの後方より魔法を詠唱中。完全詠唱だ。ガルフは上空へ飛び上がり、四天王たちの配置を確認。リグレットに位置情報を転送する。


 リムの背後でさらに怪しい詠唱があった。

「やばい!【死の誘惑クライレイド】だ!全滅しちまう!」

リグレットはルイの声に集中した。確かに、詠唱している。「死者たちよ、壮大なる地の、かの地の盟約を。バルゴに葬られし、我が兄弟・姉妹、…」


リグレットはガルフに【ポーズボタン】の合図を送った。時間停止で、元四天王とルイの攻撃を回避する。


「ガルフ!急げ」

リグレットの声が響く。

「【ポーズボタン】」ガルフは時間停止を発動させた。リグレットとガルフ以外は時間の流れが停止している。


「ほんと、コレなかったら何度死んだかわかんないよね」

「まぁ、魁さんに感謝だな」

 リグレットは制止した時間のなかで、バルス・テイトの顔をまじまじと眺めた。どこかで見たことのある顔だと、既視感が襲う。そんなわけはない、これはゲームのNPCだ。バルス・テイトのモデルはあかねちゃんの好きなアメリカの俳優だった気がする。昔子役で売れて、そのままドラッグにも金銭トラブルにも関わることなく、あのまっとうに成長した、あの俳優。リグレットの中で現実とゲームの境目が薄らぎ、揺らいでいた。


 バルス以外にも、リム、ゴード、セイトン、即死魔法詠唱中のルイ、たちの動きが制止していることをガルフは確認した、はずだった。


 嫌な予感がする。こういう時に限ってガルフの予感は的中する。


「リグレット!油断するなよ」

「何言ってんの、【ポーズボタン】で動けるのは俺たち以外にいるわけ…」

 瞬殺だった。リグレットの肩が空を舞う。おびただしい血が噴き出る。

「おぉおおお」

 不思議と痛みはない。血の設定はオフでも良かったが、斬られたかどうかの判定が難しくなるため、魁がオンにするように二人に命じていた。

「右腕が吹き飛んじまった!ぐウッ!!」

「こ、これって、だれかがこの制止した時間で動いてるってこと。ログアウトだ。撤退、リグレット!」

「いや、これでいい。コレが正解。まんまと罠にかかってくれたってもんだ」

 リグレットは【次再生の栄光ル・ラク・マージュ】を詠唱した。肩から肉片がうごめき、一瞬で吹き飛んだ腕が再生した。リグレットはむき出しの生身の肩をグルグルと回した。


「俺が再生魔法使えるって、知らなかったのか?なぁ、ラルフォン・ガーディクス!」

 リグレットは【明鏡止水の槍】を構えた。身体を半身開いて、右脚を引く。親指に力を入れながら、左脚は自然体。

「ら、ラルフォン・ガーディクスって。ジャンヌの父親の!」

ガルフはリグレットの再生した肩に乗り、驚きを隠しきれない様子だった。


「よぉ、よくわかったな。やっぱり、一撃で仕留めきれないとダメだな」

 ラルフォンは【破骨の刀ボーン・ワイルド】を構えた。

「お前がラスボスだったなんてな」

 リグレットは【轟雷ジ・ライオ】を放った。ラルフォンといえども、まともに喰らえばダメージは大きい。ラルフォンは【破骨の刀】を避雷針のように空に掲げた。リグレットから放たれた魔力が吸収されていく。【轟雷】は魔法生成されることなく、消えた。消えたというよりも、ラルフォンに吸い取られたというべきだった。


「ガルフ、これはまずいな」

「今更気づいたの。ログアウトするよ」

「あぁ、その前に【ポーズボタン】を解消してくれ。バルスに渡すものがある」

リグレットの顔は、強い決意であふれていた。あらかじめ決めていた、こうなればこうする、といった具合で決めていたシナリオ。リグレットはその通りにシナリオを進めると決めていた。この場合、つまり黒幕が現れたら、バルスに大切な何かを渡すという具合に。


ガルフは【ポーズボタン】を解除した。ルイが【死の誘惑】を詠唱し終えそうだった。リム、セイトンが悪魔の形相をしたラルフォンに気づいた。「ラルフォン!」


 バルスがそこにラルフォンが現れることを知っていたように、【卑怯の大剣】を振り上げ巻き上げた砂ぼこりの中、地面と水平に剣を構えなおす。一刀両断を狙っていた。リグレットはバルスに体当たりし、バルスの動きを止めた。


「何をする!」

「バルス、いや、あかねちゃん。ここは引くんだ。ログアウトしろ」

「…」

 バルスはリグレットから目を逸らした。その先に見るもの、それは、ゴードやセイトン、リム、ルイだった。


「仲間がやられてしまう。このままでは」

「大丈夫、NPCは蘇生できる。あかねちゃんが一番知ってるだろ?」

 ガルフはバルスの肩にちょこんと乗り、バルスの匂いを嗅いだ。

「あ、これは、あかねちゃんだ」

「さぁ、ログアウトするぞ!」

 リグレット、ガルフ、バルスはゲーム内からログアウトした。三人は赤土の大地から忽然と姿を消した。まるで最初からいなかったように。


 ラルフォンは消えた三人の行方を追ったが、どこにも見つけられなかった。ゴードやセイトンたちに目もくれず、砂煙の向こうへと馬を走らせた。

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