第11話・剣聖リヒトに教えを乞え、ゴードよ!

 「こりゃぁたいへんだ」


 ゴードの武器、【述懐じゅつかいの爪】は真空状態を作り出し、敵の脳の酸素供給を遮る。敵は思考停止に陥り、昏睡コーマ混沌カオスと言った状態になる。だがどうだ、敵はアンデッドたちだ。そもそも自分で考える脳がない。思考自体がないものたちに、思考停止の攻撃はあまりにも無力だ。


 左手に装着している【金脈きんみゃくの爪】。敵に致命の一撃を与える武器だが、致命というだけあって、命あるものに対して有効な攻撃だ。皮肉にもアンデッドたちにはほとんど効果はない。死せるものには、致命の概念は無意味だ。


 ゴードは秘匿武器ひとくぶきであるこの二つの爪を最大限に活かすことはできない。


 四天王時代に勇者バルス・テイトにこの弱点は指摘されていた。

「ゴード、さっきの喰種グールたちには、お前の爪じゃぁ厳しかったろ」

 バルスは息を切らしながら、剣にこびりついた血をぬぐった。

「あぁ、武器の特殊攻撃は全くの無効。爪の切り裂き攻撃すら、痛みを感じない奴らには特に意味もないしな」

 ゴードは爪をじっと見た。


「秘匿武器同士なら、【阿吽攻撃シンクロニシティ】ができるかもしれないな」

「バカ言うなよ、それって、アレだろ。剣聖けんせいたちが使う双剣そうけんみたいに二刀流のあの同時…」

 ゴードの悪い癖が出た。やりたくないことやできないことは、ゴチャゴチャと御託ごたくが並ぶ。


「そうだよ、剣聖レベルの秘儀だ。寸分の狂いもなく同時に、右手・左手の武器を敵にめがけて繰り出す。シンプルだろ。まぁ、秘匿武器を二本持ってなきゃできない芸当だが、お前には無理かな」

 バルスはニヤニヤしながらゴードを試すように言った。


「それな、俺も何度もやってみたが、タイミングが合わん。爪は比較的【阿吽攻撃シンクロニシティ】に向いてそうだが、そもそも左右シンメトリーに身体を動かす、しかもコンマ一秒の狂いも許されないからな。バルスの言うように、俺には無理かもな」


 ゴードはバルス提案を後ろ向きに退けた。こういうところが、ゴードの弱さなのだ。


「そういうと思ってたよ。ゴード、ここ行って来いよ」

 バルスは鎧の内側から褪せた封筒を取り出し、ゴードに手渡した。封緘ふうかんがされている。オーギュスター公国のものだ。ゴードは丁寧に封筒を開き、四つに折られた手紙を取り出した。ガダルニア文字だ、ドワーフたちが支配するガダルニア王国。ゴードの故郷だ。懐かしい文字にゴードは胸が熱くなった。


 ゴードは二十歳の頃、故郷・ガダルニア王国を出た。出奔しゅっぽんしたのだ。ガダルニア王国のドワーフたちはみな気さくな人間だ。国王ガダルニア三世も国民から愛されている。仲間意識が強い国民性は逆を言えば、よそ者には手厳しい。しかも、裏切り者には容赦や寛容さはない。


 一度国を出たものは、国捨て人デザーター烙印らくいんを押される。再びその地を踏むことは許されない。それは鉄の掟だった。ただし、家族には影響は及ばない。仲間意識が強い一方連帯主義ではなく、すべてが個人主義でもあった。ある意味成熟した国民性を備えつつも、ゆがんだ同族愛がガダルニア王国の経済的発展を妨げていた。


「俺に、ガダルニアに行けと!」

 ゴードは苛立いらだちを隠せない。バルスの無神経さに怒りすら覚えた。

「あぁ、このままじゃダメだ。ガダルニアのリヒト・スタインウェイに教えを乞え」


 リヒト・スタインウェイ、ドワーフながらにして斧ではなく剣を主力武器とし、双剣の使い手。ドワーフとは思えない身長は180cmほどある。均整のとれた身体は、俊敏な動きで敵を翻弄ほんろうする。


 よどみなくなめらかな太刀筋、斬られたものは斬られことすらわからない。剣聖と呼ばれるこの男は百戦錬磨ひゃくせんれんま。龍族の天敵。寿命二百歳と言われているドワーフだが、リヒトは戦歴から推定するに二百五十歳。ゴードやテイトとは何世代も上の戦士だ。といっても、ドワーフと人間では寿命は異なるが。


 リヒトは既に一線からは退いている。その理由は不明だった。過去に弟子にとったものは二人。その名は明かされていないが双子の姉妹ということは、酒場の噂話うわさばなしで広まっていた。わかっているのはガダルニア王国出身のエルフということだけだ。ドワーフの国にエルフ。リヒトが戦災孤児だったエルフを見かねて、養子にしたという話もある。


「リヒトおきな…剣聖か」

「この手紙は俺の出身、オーギュスター公国の王がガダルニア三世に宛てたものだ」

 テイトは続けた。  

「まぁ簡単に言うと、二人は親友ってことだ。困ったらガダルニア三世を頼れと。この手紙を持ってりゃ、出奔したゴードだってガダルニア王国に再入国も可能だ。もちろん、国王への謁見えっけんも許されるさ。なんてたって、オーギュスター公国はガダルニア王国を救ったんだからな」

「その話は何度も聞いた。若いころは歴史でも習ったよ」

「じゃぁ、行ってくれるか?」

 テイトはゴードに肩をり寄せるようにして近づいた。目はキラキラと子どものように輝いている。じゃれている無邪気な子どものようだ。


「あぁ、考えておく。母さんにも会いたいしな」

「よし!じゃぁ、いったんパーティ―は解散だ」

 パーティーと言っても、この頃はまだテイトとゴードの二人だけだった。バディという方がしっくりくる。リム・ウェルとセイトン・アシュフォードを迎え、四天王と恐れられるようになるのはもう少し先のことだ。



「ゴード!ぼーっとしてんじゃないわよ」

 セイトンがゴードに放たれたスケルトンマスターたちの一撃を【僥倖ぎょうこうの腕】で受け止める。スケルトンたちを束ねるマスタークラスの戦士。束になってかかられると厄介やっかいだ。セイトンはそのまま腕を水平に振り、ぐるっと回転させ気流を放つ。スケルトンの一団は息をホコリに吹きかけたように、散り散りに飛んで行った。



 ジャンヌは残り三つの結界のうち、二つが火柱を上げるのを確認した。あとひとつだ。五芒ごぼうの結界のうち四つが結ばれた。以外にも難所と思われていた、サグ・ヴェーヌ共和国の二か所がちたのだった。サグ・ヴェーヌに派遣されたのは十二聖騎士団きっての剣士・双子のエルフ、ダダィとデディ姉妹だった。



「ジャーンヌ!まだか!」

 城壁沿いのやぐらから弓を構えたファルが叫ぶ。

いじめっ子ファルが魔法学院の生徒たちを従えて、弓を放っている。マジックアローと呼ばれる自動追尾型の魔法だ。見習い僧侶が放つマジックアローは、爆竹のようなものだ。敵への注意を引き付ける程度の効果しかない。だがファルはスケルトンマスターをめがけて放つ。セイトンやゴードへの援護射撃のつもりだ。


「まだだ!あとひとつ。オーギュスター公国の残りひとつ!」

「はやくしてくれ、みんな家族がアンデッド化しちまったはずなんだ!」

 ファルの声はみんなの声だった。城外の町ウッドボーンはアンデッドたちに飲み込まれた。ファルはもちろんジャンヌの家も、ロキの家もウッドバルト魔法学院の生徒たちの家族は、おそらくアンデッド化している。


 セイトン、ゴードたちが鬼人の如く戦いに興じる。本能のおもむくまま戦っていた。ゴードは何度も【阿吽攻撃シンクロニシティ】を試みていたが不発に終わっていた。わずかに左手の動きがズレている。


 三十万のアンデッド軍勢は消滅こそしないものの、多くが再起不能として倒れ込んでいた。ジャンヌの100メートル以内に倒された敵は一人もいない。ジャンヌの右親指にめられた【エクスペリエンスの指輪】が経験値を吸い上げることはなかった。

 

 

 リム王国にて


「そうか、残り30万は十二聖騎士団を突破したか」

 リム・ウェルはウッドバルト王国陥落かんらくを確信した。

「ネクロマンサーのルイ様が率いていらっしゃいます」

 侍従がリムに申し送りした。


 リムの表情は満足げだ。切れ長の眼、長いまつげ、ふっくらとハリのある唇。顔には皺ひとつなく、血色はいい。魔力が充実している証だ。長身の身体をすっぽりと覆う深紅のローブ、右手には【別格べっかく誓聖印プレージ】、左手には【破格はかく誓聖印プレージ】。リムは先の大戦で痛めた左腕がいつもうずいていた。この左腕が疼くたびに、セイトンを思い出す。


 セイトンにも劣らぬ美貌びぼうを持つリム。四天王時代とは違う妖艶ようえんさと邪悪じゃあくさを身にまとっていた。闇の世界に望んで落ちたリムは、後悔などなかった。セイトンを裏切ったバルスを倒すためなら、バルスの息のかかったオーギュスター公国を滅ぼすためなら何だってする、動機はシンプルだった。


リムはセイトンを愛していた。今なお、その叶わぬ愛を糧にしていたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る