彼の瞳に映るのは

高瀬ユキカズ

彼の瞳に映るのは

 私には双子の弟がいる。

 弟が進学したのは男子校だ。そしてその高校へは、私が片思いをしている男子も通っている。

 中学の時からずっと彼に想いを寄せていたのだけれど、なかなか接点がなかった。仲良くなることもできず、話しかけることもできなかった。


 私はなんとかその彼と接触ができないかと画策していた。好機が訪れたのは弟の修学旅行だ。悪魔が私に味方してくれた。

 

 修学旅行の前日、弟はインフルエンザになった。

 となると、私の取るべき行動はただ一つ。双子の弟がいるということを、最大限に利用することにしたのだ。


 私はさっそく弟になりすます。

「姉ちゃんがインフルエンザになってもうた」と親に告げた。そして、弟のかわりに私が修学旅行へ。


 そう、入れ替わりだ。

 私たちは双子だ。見た目はそっくりだった。髪の毛をばっさりと切れば見分けがつかないはずだ。私は何の躊躇もなく美容院へ行き、髪を切った。


 家に帰り、弟の耳元で囁く。

「私があんたの代わりに沖縄でバカンスしてきてあげる。修学旅行をキャンセルしたら旅行代ももったいないし、おみやげを買ってきてあげるから、いいよね?」


 私の問いかけに「うーんうーん」と弟はうなされていた。私はにやりと笑う。これは「うん」と言っているのだと強引に解釈をした。


 さて、沖縄へとやって来た。緊張で胸が高鳴る。男子校の修学旅行だ。もちろん周りは男ばかり。私は学ランに身を包み、例の彼を探す。すると、「よお、直哉」と向こうから声をかけてきた。私の名前は直美だから一瞬反応が遅れてしまったが、なんとか返事を返す。それにしても、彼はかっこいい。見惚れてしまう。


「直哉、顔が赤いぞ。風邪でも引いてんのか?」

「大丈夫。ちょっと、ぼうっとしてるだけ」


 そう返したのだが、やばい、本当に頭がくらくらしてきた。彼のかっこよさにくらくらしているのかと思っていた。

 ところがそうではなかったようだ。本当に風邪っぽい。弟のインフルエンザがうつってしまったのか。


 私はめまいがして倒れ込んだ。彼が私を抱きかかえるように支えた。そして、そのまま気を失ってしまった。


 気がつくと畳の上に布団が敷かれ、そこに私は寝ていた。

「本当に風邪だったんだな」

 彼が私のすぐ近くで囁く。とりあえず薬飲めよ、と薬とともに水が入ったコップを差し出してくる。「熱あるか?」と言っておでこを私のおでこにつけてきた。彼の顔が近い。息が顔にかかる。


「今日は俺が看病してやるから」

「せっかくの修学旅行なのに悪いよ……」


 私は苦しそうに言って、遠慮する。いっしょにいたいのは山々だが、さすがに申し訳ない。すると彼はまるで恋人にかけるような甘い声を出した。


「いいって、いいって。やっとお前と二人きりになれたんだからさ」


 彼は私を見つめる。私の手を取り、やさしく握る。


「さすがに風邪がうつると困るから、今日はおあずけな」

 そう言って、彼は私の唇に人差し指で触れた。

 これは、キスはおあずけという意味か……。私は朦朧とする頭で考える。


 私を見つめる彼の瞳に映っているのは、私ではなく弟……。

 弟……。

 弟……が……映っている……。

 え? どういうこと……?


 風邪のせいで考えがまとまらない。

 けれど彼の瞳は、愛しいものに向ける甘い視線。

 恋をしている男の顔。


 え?

 そういうこと!?

 え……、彼と弟がそういう関係!?

 え……。

 私の恋はどうなる!?


 そのまま熱に浮かされ、意識が遠のいていった。深い深い、海の底へと沈んでいくようだった。


(了?)



……

……

……
































……




と、思わせておいて、後日談。


インフルエンザになった弟が、熱で苦しみながらも、例の彼へとメールをしていたことが判明した。

『姉ちゃんがなんか企んでる。対応、頼む』

『どういうことだ?』

彼と弟は連絡を取っていた。


そう、彼は私がなりすましていることを知っていたのだ。


つまり、私は彼にからかわれたのだ。

というか、修学旅行中ずっと、からかわれ続けた。


彼と弟は、私が想像してしまった関係ではなかった。健全な友人関係だったというわけだ。


まあ、これが付き合うきっかけになったのだから、人生は何が起こるか、わからない。


(今度こそ、本当の『了』)

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