008_ガラクと帰宅
自宅は会社から公共の交通機関を利用すると、区画ごとの放射状に設置された交通機関で2区画、そこかで環状に設置された交通機関に乗り換えて4区画移動した先にある。
今までどおり公共交通機関を使用するよりヴィークルでの移動の方がはるかに早いため、収入が一定以上の金額で安定している住民は各家庭の使用用途に応じたヴィークルを所有していることが多かった。
ガラクは社屋を出ると一度収納魔法にしまったヴィークル擬きを取り出し、移動魔法を発動させて移動を開始した。
本来のヴィークルを運転するにはお金を支払ってヴィークルの運転方法と交通ルールのグリーンチップをダウンロードする必要があるがもちろんガラクはそんなものダウンロードしていない。
大した金額でもなくダウンロードしておいて損のない類のデータであるため、ヴィークルを所持していない住民も気軽にダウンロードしている。
かつてのガラクもアルバイトが可能な年齢になったら何か仕事を探して貯金して学校の卒業時にチップデータのダウンロードをするつもりでいたが、叔母が亡くなって以降、今年の誕生日で16歳になったことで使用年齢には達したものの、ガラクの収入のみとなった経済状況では日々の生活費を稼ぐので手一杯であり、とてもチップのダウンロードにかかる費用を捻出できる状態ではなかったのだ。
とは言え、チップダウンロードが必要ない人力のヴィークルは日常的に使用していたので、交通ルールについてはある程度理解しており、あとは速度超過に気をつければ居住区警備の交通担当者に捕まることもないだろう。
周りのヴィークルと違ってあからさまにタイヤが無いが、他人のヴィークルのタイヤまで見咎めるものも少ないだろうからそれほどリスクがあるとは考えられない。
等と考えを巡らせながら移動していると自宅のある通りに入る角にさしかかり、広い通りからあまりヴィークル通りの多くない細い道路に入って数分で自宅に辿り着いた。
自宅前でヴィークルから降り、置いておくスペースは無いのでそのまま収納魔法に収納して自宅の玄関を開けた。
「ただいま」
スクラが起き出す時間には大分早いため家の中は鎮まりかえっていたが、帰宅の声をかけると奥から人の動く気配がしたかと思うと白い巨大な塊がガラクにぶち当たり、そのままガラクとその塊は玄関から転がり出てしまった。
「@#$%^&*〜!」
白い巨大な塊に真正面からぶちかましを喰らったガラクはあまりの衝撃に道のど真ん中で目を回し、それを実行した本人は白い巨大な毛玉と化して何がしかの言語とは思えない声を上げながら涙を流してガラクに縋りついていた。
その状態で10分ほど経過すると、白い巨大な毛玉・・・スクラは大分落ち着いたのか、自分の下で完全に潰れてしまっているガラクに気がついた。
「お兄ちゃん!?」
スクラは顔色を真っ白にさせながら、どうすれば良いのかわからずガラクの横でオロオロしていると、ふっとガラクが目を覚ました。
まだふらつく頭を髪の毛をかきあげるふりで誤魔化しながらなでつつ、ガラクはすぐそばでいかにも落ち着かなそうな表情をしているスクラに向かって声をかけてた。
「ただいまスクラ」
そのセリフに安心したのか、また涙をポロポロと流し始めるスクラを宥めながらその手を引いて一緒に玄関に入った時、ガラクはようやく安全な巣穴に帰ってきたと言う強い安堵に包まれた。
1年前に実母を亡くし、そして今回。
唯一の家族であるガラクが数日戻ってこない間、スクラが抱えていた不安はいかほどだったか。
スクラにとってガラクは物心ついた時から一緒に暮らしている『お兄ちゃん』であった。
それは伯母スクルが2人を平等に扱った影響も大きかったかもしれないが、血縁的には従兄弟であると言う話でも伯母スクルが養子縁組してくれた戸籍上や法律上の話でもなく、過酷な環境のこの衛星において外に遊びに行くにも耐熱スーツが必要な彼女の狭い世界において、遊んでくれて勉強を教えてくれて叱ってくれる。
スクラ本人は無自覚であったものの、それらのあらゆる関係性を包括する呼称としての『お兄ちゃん』であり、ガラクもそう呼ばれることが嫌いではなかった。
スクラが学校へ向かう時間にはまだかなり早いが、おそらく昨日は登校していないだろうことは想像に難く無いし、今日この後、登校時間に無理やり登校させるには精神が疲弊しすぎているように見受けられた。
ひとまず、まだ起きるには早い時間なので自室のベッドに戻るように促しつつ、学校には今日は休むと連絡を入れるからゆっくり寝るようにというと、ガラクが帰宅しなかった日からの緊張がようやく解けたのか、生返事を返しながら少し重そうな足取りで自室に戻って行った。
そんなスクラを見送った後、ガラクはシャワー室へ直行し、体感300日の間ですっかり汚れがこびりついた衣服をそのままランドリーに放り込んでスイッチを入れると、熱いお湯と若干女性好みの香りのする全身ソープで体を隅から隅まで磨き上げ、綺麗な部屋着姿でリビングに移動、美食家なら発狂しそうな食生活を送っていたため、真っ先に冷蔵庫を開けて中に入っている食料を確認した。
加熱調理機に入れるだけのパックがいくつか無くなおり、ガラクいない間もスクラが食事をとっていたことが確認できてホッとひと息つきつつ、スクラが食べたのと同じ加熱調理用の食料パックと、3日で1サイクルの栄養補助飲料パックの中から一番好きなフレーバーであるオレンジ色で薄い甘味と酸味があるパックを選択し、それぞれ1つずつ取り出すと、その場で飲料パックのキャップを開けて飲みながら、食料パックを加熱調理機に放り込んでスイッチを入れた。
伯母スクルが月に一回、給料日の後に連れて言ってくれた近所の食事処で食べた外食に比べれば、生存に必要な栄養補給だけを目的としたパックは味も素っ気も無いものだが、崩落した廃棄物の中からの脱出に要した期間中、ほとんどの食事が腐敗して異様な味や匂いを発したものを、えづきながら無理やり補給し続けていたガラクにとって、それはまさにご馳走と言えた。
食べ慣れた味の食事を終わらせ、モーラに言われた通り今日は仕事に行かないつもりでいたガラクは、普段お座なりになりがちな室内の掃除などの家事に手をつけて、適当な時間になった頃にスクラを休ませる連絡をするために学校に連絡を入れた。
スクラの担任に簡単な状況説明を行なって今日は休ませることを伝え、昨日の登校について確認したところ、案の定、登校できていなかったため、連絡ができなかったことを謝罪したが、担任は状況が状況なのでとやむを得ないでしょうと言い、ガラク本人の復学の目処は立たないのかと聞かれ、多少の世間話をしてから連絡を終了した。
昼食までの間に家事をおおむね片付け終わった頃、ようやく眠気がきたため、本当に久しぶりに自分の体臭が少し染み込んだベッドに倒れ込むと同時に、本当の意味での安堵から気が緩み一気に深い眠りに沈み込んで行った。
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