001_ガラクと仕事

ガラクは今日もゴミの山に潜っていた。

1年前より廃棄物回収会社【リソース/リペア社】通称R/R社で働いている。

社員としての契約ではなく個人事業主という形をとっているが、それでも仕事をした日は日当として日々の生活がおくれるギリギリの金額が日々の契約金として支払われている。

R/R社の主な業務内容は廃棄物回収。

そう言えば聞こえはいいが、実際のところは第一衛星からこの衛星ダストに向けて射出された廃棄物コンテナで形成された衛星軌道上のデブリ帯、通称ダストベルトから地上に落下してくる破棄物コンテナとその中身を回収する仕事。

衛星ダストでもっとも企業数が多く、業務に従事する者に対する賃金の安い【廃棄物回収】を主としている会社だ。

一般的に廃棄物回収の会社で働いている者は契約内容を問わず【ワーカー】と呼ばれており、就労可能な人口の約4割がワーカーとして就業している。

同年代と比較してもかなり、R/R社内では最も体の小さいガラクは、ワーカーの中でも、廃棄物の隙間を降下していき、新しく落下してきた廃棄物コンテナから価値の高い【トレジャー】を収集することを役割とする【シーカー】だ。

とはいえ、少ない賃金に業務の歩合でその日の収入が決まるワーカーにとって、常に収穫があるわけでもなくその日の賃金が基本契約金のみの日も少なくない上に、安定性の悪いゴミの山の中に潜り込むという危険度の高いシーカーを、ガラクとて好きでやっている訳ではない。

年齢が低いためまだ重機類の運転免許証の取得ができず、体が小さいため体力仕事に向いているわけでもなく、特殊技術のチップ使用歴があるわけでもないため現場以外の業務を割り当てることもできないガラクに対し、R/R社の社長がシーカーとしてなら契約をしてやると言われたためだ。

R/R社以前に訪れたすべての廃棄物回収会社はそれすら無くたたき出されており、新興のR/R社は最後のノゾミだったのだ。

危険なワーカーの仕事の中でも特に事故の多いシーカーをしてでも収入を得る必要がある理由は、1年前に事故で養い親であった叔母が死に、その娘であるスクラを養うため。

唯でさえ住人を生存させるための資源を落下してくる廃棄物コンテナに頼っているこの星において、行政機関には養い親のいない子供を養護するような施設を設置する余裕はない。

この星においては仕事をし、養うもののいない子供は配給すら受けられず、誰知らず死んでいくしかないのだ。

叔母はあまり裕福でない中、実子であるスクラと分け隔てなく生活させてくれていたし、その恩返しというわけでもないが、何年も兄妹として育ってきたスクラを野垂れ死にさせるわけにも行かない。

シーカーを続ける理由は、自分とスクラが生きていくために、どんな仕事でもいいから収入を得ると心に決めているからだ。


シーカーの仕事は基本契約金と歩合によって支払われる。

トレジャーとして比較的入手しやすいものが基盤に緑色のラインの入った電子部品、通称【グリーンライン】。

これらは工場にある分子分解機や加工機の交換パーツとして使用可能な部品で、この衛星の加工機では作成できないため、回収できれば一定額で引き取ってもらえる。

発見頻度も比較的高く、シーカーとしては安定して入手可能なものだ。

次が嗜好品。

工場の加工機は嗜好品を生産する余裕はないため、アルコールやたばこ等の嗜好品は比較的高値で取引される。

特に自分で持ち運べる重量しか持ち帰れないシーカーにとって、たばこは軽量かつ少量でそれなりの値段になる。

基本的にはそれぞれブローカーがいて、会社に納品するよりはブローカーに持ち込まれることも多い。

ただし、中身の状態は開封してみないとわからないが、会社に納品すれば状態によらず定額で買い取りしてもらえるが、ブローカーは必ず状態確認をしてそれに見合った金額を支払うため、必ず高額の収入となるわけではない。

そして最も価値が高くすべてのシーカーが求めているのがターミナルを使用して知識や技術を得ることができるチップだ。

 チップの形状は小さくて細長い円柱形をしており、便宜上、ターミナルに接触させる側を前、マークカラーが表示される側を後ろと呼称している。

 チップのマークカラーには4種類あり、ブラックチップ、グリーンチップ、イエローチップ、レッドチップと呼称されている。

 四種類のうち、ブラックチップはデータが入っていないか使用済のチップであり、チップに新たなデータをインストールする設備の無いこの星では記録媒体や工場の機械の部品としての価値しかない。取引額はグリーンラインとほぼ同じだ。

 グリーンチップの発掘量はそれほど多くはないが、入力されているデータ量もそれほど多くなく、収録されているデータの種類も【基礎知識】などの汎用知識であることがほとんどでな上、データに使用回数制限がないために記憶媒体としても使用できない。

 素材として買取りはしてもらえるものの受け取れる金額はグリーンライン以下のため、見つけたらとりあえずポケットの端っこに突っ込んでおいて収入の足しにする程度のハズレトレジャーだ。

 イエローチップは比較的専門性の高い知識や技術のデータであり、使用回数に制限がある。

 すべてのチップに共通することだが、残り使用回数はチップをターミナルに接触させればわかるものの、そこに収録されているデータの内容を確認するための設備がこの星には1箇所しかなく、使用料金もかなりの高額となるため、発掘したチップで高い利益を出そうと思うと、内容を確認のために自分で一度使用して残りの回数やデータ内容を確認する必要がある。

 そして、収録されていたデータの種類によってはハイリスク・ローリターンなシーカーという職業以外の職に就業することができる可能性があるため、シーカーがイエローチップを発見したら、まず自分で使用してから会社に納品するのが暗黙の了解ととなっている。

 3つ目のレッドチップは他のチップとは異なり、使用制限1回の特殊な知識や技術のデータが収録されており、代表的なデータは医療系の知識や技術がこれにあたり、それらのデータが必要な職業に就業するのにも特殊なコネが必要となる場合が多い。

 そのため、レッドチップを発見したシーカーは例外なく資産家に直接持ち込みで買取ってもらうし、購入した資産家はデータ内容の確認のための施設利用料金に困るような経済状況では無いため喜んで購入することとなる。

 なぜなら、レッドチップを直接持ち込んだ場合の謝礼金は最低価格でも数年は仕事をしなくても暮らせるだけの金額が支払わのが相場であり、発見したシーカーがレッドチップを自分で使用してもその職種で就労するためのコネを持ち合わせていないのに対し、それを購入する側の資産家はそのレッドチップが自身の家族を含めた一族の誰かに使用するに値するデータであれば良し、そうでなくても、そのレッドチップを大枚叩いてでも購入したい他家を探すことはそれほど難しくないことを知っているからだ。

 が、まず見つからないし見つけたという話が流れてくることもない。

シーカーが仕事として廃棄物に潜る場所は5日ごとに【廃棄物回収企業組合】が決めてすべての廃棄物回収会社に【シーカーポイント】として通知される。

シーカーポイントは直近10日の廃棄コンテナ落下情報に基づき以下の項目に沿って安全と思われる地域を組合が割り出して決定される。

 ① 5日以内に新しい廃棄コンテナが落下していること

 ② 廃棄物コンテナ落下予報に基づき廃棄コンテナ降下の確立が低いこと

 ③ ここ数年の間にすでに崩落が発生していて廃棄物が安定していること

 シーカーポイントをその日ごとにと定めることにより、同日はシーカーポイントとその一定距離内においてワーカー作業は行わないという取り決めがあり、それにより崩落を極力起こさないよう最低限の配慮はされている。

 なお、すべての廃棄物回収会社が組合に所属しているわけではなく、未所属の会社がシーカーポイントに関する取り決めを守る必要はない。

ただしどの企業も同一の生活コロニー内に所在地があり、取り決めを破ることによって組合やその所属企業との関係を悪化させると、企業間のトラブルに発展するなどの不利益が発生する可能性が高いため、そのリスクを考慮してわざわざ取り決めを犯す会社はほぼ無い。

だが、<ほぼ>無いだけで、皆無ではない。

シーカーポイント付近は落下の衝撃で廃棄物が攪拌されるため、地表部分に比較的新しい廃棄物が浮上していることが多いため、組合に所属せずに取り決めを無視すれば稼ぎを得やすいポイントなのだから。

「クッソ!真上で採掘作業を始めやがった!」

廃棄コンテナは衛星軌道から落下するため、従前に積みあがっていた廃棄物を突き抜ける形で埋没する。

そのため、シーカーは埋没していると思われるポイントまで廃棄物の隙間を縫って降りていくわけだが、どの程度の深度に埋まっているかは事前情報と経験がものをいう。

1年もシーカーを続けていれば多少の勘ばたらきが効くようになってきているガラクは、小柄で身軽な体を生かしてかなりの深度まで降下していた。

崩落は中心点から真下方向を中心に円錐状に危険区域が広まる。

 崩落開始地点が比較的近ければその地点を背に向けて横方向に移動すれば生存率が高くなるが、この崩落は開始地点に距離があり、なおかつほぼ真上で発生しているため、移動による崩落範囲からの脱出が著しいく困難となる。

 だが、どんなに困難だろうとも生き残るためにすべきことは崩落の範囲外への脱出であることは変わらない。廃棄物コンテナの隙間を降下用の道具であるロープや楔を駆使して降下してきているため、緊急時の上方向への移動はほぼ不可能に近い。

 下方向に移動してしまうと危険範囲外に出ることができないため、避難を開始するならセオリーどおり真横方向に移動することになるのだが、廃棄物で構成されている地下深くに移動経路が整備されている訳もない。

 大小さまざまな廃棄物の間を縫って移動するため、避難は遅々として進まずどうやっても崩落範囲外に出ることができない。

 一帯は上方のワーカー作業音に加えて、硬くて細かいものが落下していくカラカラといった音や、金属どうしがこすれるときにたてるギーギーという大きな音がそこら中から響いている。

 それは、会社から業務としてシーカーを行うよう指示された際に、崩落範囲が自身に近づいてきている前兆として教えられた現象だ。


「やばい!もう始まる・・・」


 そうつぶやいた時、後方上部から物が落下した音が大きく響いたかと思うと、ゴゴゴとしか表現しようのない音が大音量で響き始めた。

 ガラクは避難をあきらめ、すぐ近くにあった比較的大型で頑丈そうな廃棄コンテナに近づき、開口部からコンテナに飛び込む。

 コンテナの扉を引き寄せるのとほぼ同時に一帯が大音量に包まれ、ガラクを収めた廃棄コンテナも崩落に巻き込まれて下降を開始した。



 廃棄コンテナは大気圏外から落下しても滅多に破損しないし、大気圏外から落下した場合でも内容物をある程度保護するだけの機能をを備えている。


「グァッ・・・痛ぇ・・・」

 この衛星では落下してきた廃棄コンテナの内容物を回収し、衛生上で生活している人達が生きていくための資源として使用しているので当然と言えば当然のことなのだが、それでもその廃棄コンテナの頑丈さと機能がひとまずは崩落という直面の危機からガラクの命をすくった。

 が、シーカーが崩落に巻き込まれた場合の生還率はほぼゼロだと言われている所以には先がある。

 死因の一つは直接崩落に巻き込まれて廃棄物にすりつぶされて死ぬ。

 万が一、今回のガラクのように崩落に巻き込まれた後に生き残っていても、シーカーとして降下する限界より遥かな深部に落下してしまっているため、帰還するための物資が全く足りず廃棄物の中で飢えて死ぬのだ。

 もちろん生存者の探索など行われない。

 シーカーのなり手は少ないとはいえ、全人口から見た比率として少ないだけであり、生きていくための手段がシーカー以外にない人間など掃いて捨てるほどいる。

 この星の常識では替えが利かないのは工場にある分解機械の部品等、加工機械では作成ができないが衛星に居住する人達の生命に直結する資源や部品であり、人間、特にワーカー・シーカー等の労働力は替えの効く、言ってしまえば安価な資源であり、それが崩落に巻き込まれたからといって、その都度資金や労力を投入して生存者の探索や救助を行ったりはしない。

 なぜなら崩落が起こった直後は不安定なため捜索や救助を行なってもミイラ取りがミイラとなりかねず、何より利益にならない。


 ガラクが痛につられて右足の方に目を向けると、いつ刺さったかわからないが右足のふくらはぎに腕の長さほどの鉄片が突き刺さっている。

 不幸中の幸い鉄片は突き抜けてしまっているため、思ったほど出血量はそれほど多くないようだ。

 だが、明らかにまともに歩ける状態ではない。

 急いで会社からの支給品である応急処置キットを腰のポーチから取り出し、これ以上出血しないように医療ゲルを傷口に塗布した後、痛み止めの薬剤が入ったスチール製のスティックを傷口付近に強く押し当てると、シュッと小さな音を立てて中身の薬剤が注入され、それに伴い少しずつ痛みが和らいでいくのがわかった。

 リソース/リペア社に就職したときに受けた新人研修で、この手の負傷をした場合は抜くと失血死の危険が伴うと習っていたため、ひとまずはそのまま放置する判断を下す。

 目の前の失血死の危険は去ったものの救助が来ることはないため、死因が餓死になっただけで依然死が目前にあることには変わりない。

 スクラのためと決意し、危険を覚悟のうえで従事していた仕事だったが、崩落とケガで心が折れかけていた。


「・・・ハァ、ハァ、俺が死んだらスクラも生きていけないのにな・・・」


 そう呟くと、ガラクは従姉妹でこの世界における唯一の血縁者であるスクラに思いを馳せた。

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