魔術師の夢

クロノヒョウ

第1話



 ギターの音ってこんな音だったっけ――


 いつも聴く音楽とは違って目の前で奏でられるその音に足を止められていた。


 これは本当にギターの音なのだろうか。


 頭の中、いや心の中の隙間を埋めるように入り込んでくる心地よい音。


 それとともに胸が高鳴りあたたかくなる。


 満たされる。


 音に、音楽に、私の全身が満たされていた。


「ねえ、聞いてる?」


「えっ……あ……」


 初めて彼のギターを聴いた時のあの感覚が甦ってきていた私は今のこの状況から現実逃避しているようだった。


 私は今、その彼に壁ドンされている。


「あの……えと……」


 学校の最寄り駅ではよく誰かがストリートで演奏していた。


 アコースティックギターで弾き語りをする人、オケをかけて歌う人、キーボードでひたすら演奏する人。


 その中で彼を見かけるようになった。


 弾き語りをする男の人の横でエレキギターでその音楽に色をつける。


 静かな曲に時折美しいメロディが顔を出す。


 何度も足を止められては見いってしまう。


 (年は同じくらいだろうか)


 彼のこのギターの音に何度私は心のドアをノックされただろうか。


「ねえ、いつもあそこで聴いててくれたよね?」


「はっ、はい」


「俺、森内亮太」


「知ってます! あ、いや、名前は知ってましたけどまさか同じ高校とは……」


 そう、まさかまさかの驚きだった。


 休み時間、教室に戻ろうとしていた私は突然腕をつかまれたと思うとすごい勢いで引っ張られた。


 見るとあのギターの彼がなぜか私を連行していた。


 そして私の思考はパンクしたまま階段をのぼらされ屋上のドアの前の踊り場まで来ていた。


『俺のことどう思う?』


 彼は私に壁ドンしながら真剣な顔でそう聞いたのだ。


「俺学校では目立たないようにしてるから」


「そう……なんですね」


「あ、ごめん!」


 彼は今ごろ自分の突拍子もない行動に気づいたのか壁から手を離すと慌てた様子で頭を下げた。


「……ふ、ふふっ」


 私はなんだかおかしくなって思わず笑っていた。


 その時、始業のチャイムが鳴った。


「わ、やべっ」


 彼と顔を見合わせる。


「授業、行く?」


 そう聞かれて私はすぐに首を横に振った。


 彼と話したい。


 そう感じてしまったのだから仕方ない。


 私たちは屋上に出てコンクリートの地面に腰をおろした。


 上履きの色ですぐにわかる。


 彼は三年生、私のひとつ先輩だ。


「俺さ、ずっとバンドやってるんだけど最近バンドだけじゃなくていろいろやってみたくて」


「だからあそこで?」


「うん。最初はさ、本当に最初はただカッコいいから、モテたいからってギター始めたんだけどさ、だんだん音楽が好きになって面白くて仕方なくなって」


「ふふ、わかります」


「今は真剣にプロになりたいって思ってる」


「はい」


「だからファンの子とかの意見じゃなくてちゃんとした意見を聞いてみたくて。あんな強引なことしてごめん。やっとクルミを学校で見つけたからつい」


「え、先輩私のこと、知ってたんだ」


「知ってるよ、何度かライブハウスで一緒になった。すっげえ上手くてカッコいいドラマーがいるって噂はみんな知ってるし。そのクルミが同じ学校の制服着ていつも俺の演奏聴いてくれててさ」


 そうか、私のことちゃんと知ってたんだ。


 私も彼と同じで学校では目立たないようにすごしていた。


 誰にも大好きなドラムの、大好きな音楽の邪魔をされたくなかったから。


「だから正直な感想を聞かせてほしい。俺のギター、どう思った?」


 彼は真剣でそして少し不安そうな顔で私を見た。


「なんとなく……魔術師?」


 私がそう言うと彼は一瞬目を伏せた。


「は? どういう意味?」


 そして食い入るように身をのり出した。


「うーん、聴いてて心を動かされるような、ギターの音色にどっぷり浸かって満たされるような、そんな感じ」


 私は正直に感じたことを伝えた。


「え、なにそれ、めちゃくちゃ褒められてるじゃん俺」


「褒めてます」


「やった、よかったぁ~」


「でも! 対バンで聴いているはずなのに私の耳に残ってないということは問題ありかもしれませんよ」


「は?」


「私が偉そうに口出しするのもアレかと思いますけど」


 私は自分の心の中に沸々と沸き上がってくる闘志みたいなモノを感じていた。


 私だって一応この街界隈という狭い世界の中では少しは名の知れた未来あるドラマーなのだ。


 同じ音楽をやっている者、同じプロを目指す者同士の熱い想いが私の中の何かを動かしていた。


「曲は誰が作ってるんですか?」


「曲はボーカルが」


「じゃあどんどん作曲した方がいいと思います。もしくはもっと他のバンドでも演ってみた方がいいかと」


「……なるほど」


「アレだったらやってみます? 一緒にバンド」


「えっ!?」


「そもそも一緒に演奏してみないとわからないことも多々ありますし」


「それもそうか」


 私は心の中でガッツポーズをしていた。


 彼の、先輩のあのギターの音を手に入れられる。


 まさか一緒に演奏できるとは思ってもみなかった。


 ベーシストは今一緒にやっているあいつじゃなきゃだめだ。


 ボーカルはそうだな……歌が上手いヤツはたくさんいるからその中で顔がよけりゃ誰でもいい。


 これで最強のバンドが作れるかもしれない。


 私は今自分の頭の中で作ったバンドのことを想うと興奮して、いてもたってもいられなくなっていた。


「私、魔術師かも……」


「ん? 魔術師は俺じゃねえの?」


「先輩はなんとなく、です。魔術師は私でした」


「なんだよそれ」


「そうと決まれば早速バンド結成しましょう先輩!」


「ああ、やるか!」


「はい!」


 わくわくが止まらなかった。


 こんなにも心が踊るのはいつ振りだろう。


 魔術師が集まって最強の魔法を作り出してこの世に魔法をかけてみせる。


 私は立ち上がってこの広い空を見上げた。


 私たちの魔法にかけられたたくさんの人たちの笑顔を夢にみながら。



            完





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魔術師の夢 クロノヒョウ @kurono-hyo

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