月が綺麗
道草
第1話
一 伝わらない
「月が綺麗ですね(貴女のことが好きです)」
「本当ですね」
「いやはや、今日は月が見えて本当に良かった(貴女と会えてよかった)なあ」
「ええ、雲一つなく」
「明日も見える(会える)といいですね」
「きっと晴れますよ」
「いやはや、それにしても月が綺麗だ(貴女のことが好きだ)」
二 月よいずこ
「月が綺麗ですね(貴女のことが好きです)」
「え、何て?」
「だから、月が綺麗ですね(貴女のことが好きです)」
「え? 月? 曇ってるじゃん」
三 月と告白
「月が綺麗ですね(貴女のことが好きです)」
「それさあ、夏目漱石のアレだよね? 『あなたのことが好きです』って意味でしょ? 何? 告白?」
「あっ……いやっ……ただ月が綺麗だなあと思って……」
「そっちね。わかりにくいから最初からそう説明してもらえる?」
「すいません」
四 帰還
「月が綺麗ですね(貴女のことが好きです)」
「ええ、私も遂に月へ戻る日がやってきました」
「えっ⁉」
「さようなら。貴方のことは忘れません」
「ちょっと⁉ 何ですかこの人たちは⁉」
「月の住人たちです。私を迎えに来たのです」
「ま、待ってくれ!」
「悲しいときは月を見上げてください。私はいつでもそこにおります」
「おおい! 待ってくれえ!」
五 迂遠
「月が綺麗ですね(貴女のことが好きです)」
「ほう、この私を口説こうというのか」
「いや、そんなつもりでは……」
「いいだろう! 受けて立とうじゃないか!」
「ほ、星が綺麗ですね(貴女に恋をしています)」
「そんな迂遠な言葉じゃ口説けんぞ! 男なら堂々と直球で勝負しろ!」
「あっ、貴女のことが好きです!」
「それでいいのだ!」
六 多分違う
「月が綺麗ですね」
「えっ⁉ 本当に⁉ きゃ、嬉しい!」
「今日は星も綺麗で」
「えっ⁉ そうだったの⁉」
「明日も晴れるといいですね」
「もっ、もっちろん!」
「どうかしましたか?」
「えへへ」
七 遥々
「月が綺麗ですね(貴女のことが好きです)」
「ほう、あの衛星は『月』というのか」
「え?」
「この星の環境は中々恵まれている。我々の住む惑星には水がほとんどないし、このような衛星もないのだ。だから我々は故郷を捨て、この星へとやって来たのだ」
八 理想は月より遠い
「月が綺麗ですね(貴女のことが好きです)」
「貴方と一緒に見るからでしょう(私もです)」
「星はずっと昔から綺麗です(ずっと前から片思いしていました)」
「願いが叶うかもしれません(貴方の片思いは実ります)」
「少し肌寒いですね(貴女と手を繋ぎたいです)」
「ええ、私も手が冷たいです(私も繋ぎたいです)」
「やはり今日は暖かいですね(貴女といると心が温まります)」
「私も幸せです」
九 どっち
「月が綺麗ですね(貴女のことが好きです)」
「知っています」
「星も綺麗ですね(貴女に恋をしています)」
「知っています」
「明日は晴れますかね(貴女への気持ちは晴れますか?)」
「知りません」
十 元凶
「夏目先生! この『あいらぶゆー』ってどう訳したらいいんですか?」
「む、これか? これはだな、『月が綺麗ですね』と訳すのだよ」
「どうしてですか?」
「『あいらぶゆー』と繰り返し言って御覧」
「あいらぶゆーあいらぶゆーあいらぶゆーあいらぶゆーあいらぶゆーあいらぶゆーあいらぶゆーあいらぶゆーあいらぶゆー……何のこっちゃ」
「あいらぶゆーあいらぶゆーういらぶでゅーちゅきがきーつきがきーつきがきーれいですーねー。ほら『月が綺麗ですね』になっただろう」
「ちっともわかりません」
「いずれわかるようになるだろう」
月が綺麗 道草 @michi-bun
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