　何が幸せかって考えていたら、気づくと、昔、地方営業所に勤めていた時に住んでいた家に足が向かっていた。営業所の周りは、シャッター街と言う感じで、こんなに寂れた所で働いていたんだと感じた。

　でも、夕日を見ながら、ここが会社に入って初めての職場で、燃えていたわねって懐かしかった。あの頃は楽しかったから、昔の職場を訪問しようかと思ったけど、もう人は変わっているだろうし、私のこと嫌いな人がいたらと、苦しかった日々の記憶が戻ってやめた。

　昔よく通った、街中のイタリアンに入った。そしたら、シェフは覚えていてくれて、最近見なかったけど、どう暮らしていたのと聞いてきた。お客も少なかったし、カウンター越しに会話が続いた。

　お店のシェフとは、利害関係もなく、お互いに、それほど踏み込まずに、表面的だけど楽しい話しができ、久しぶりに、本心から笑えた。本当に、久しぶりで、楽しい時間だった。そうそう、会話って、こういう温かいものだったよね。

　人からずっと嫌われ続けてきたから、シェフの一言ひとことが嬉しかった。なんか、忘れてたわね。こんな気持ち。幸せって、こんなに近くにあったんだ。これまで、どうして、あんな苦労をしていたのかなって。

　若い時に、この店に来るとナポリタンとか頼んでいた。でも、今日は、１人だけど、このお店のお勧めをいただきたくて、コースとお勧めワインを頼んだ。この店、こんなに美味しかったんだと、今更ながらに思えた。

　海外とかで、豪華なお料理をいっぱいいただいていて、それなりに美味しかったけど、味よりも、気持ちが大切だったんだね。そういえば、いつも無理矢理、笑顔を作りながら食べていて、半分ぐらいは惰性だったものね。

　２時間ぐらいでお料理を食べ終わって、レストランを出てから、昔、住んでたアパートに来てみた。そして、もう10時は過ぎていたから、駅近くのシティーホテルに泊まって、明日、東京に戻ることにした。

　翌朝、ホテルのドアを叩く音が聞こえ、出ると、警察官が３人、廊下に立っていたの。何があったのかしら。

「宮下乙葉さんですね。殺人容疑で、署にきてください。」

　どういうことか全く分からないまま、警察署に連行され、尋問を受けることになった。

「昨日、レゼミゼというイタリアンレストランにいましたよね。」

「はい。」

「そのシェフが殺されるのが発見されまして、あなたが長い間、そこにいたと証言がありました。そして、シェフの血がついたナイフから、あなたの指紋が見つかってます。あなたが殺害したんですね。」

「それは違います。私は、シェフが作ってくれたお料理を食べながらシェフと話していただけです。」

「ただ、レストランの入口には監視カメラがあって、あなたしか写っていないんですよ。他にこのレストランに入った人はいないんです。」

「裏口とか、どこか別のところから入ったかもしれないじゃないですか。」

　私は、やっていないと何度も抗議したけど、信じてもらえず、今は、10年の懲役刑で刑務所にいる。

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。（ログインが必要です）

新規登録で充実の読書を

マイページ: 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる; 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める; フォローしたユーザーの活動を追える
通知: 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴: 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい