第2話 がん
私は、あのおじさんから誘われて、半信半疑だったけど、男性の体に変われて、本当に嬉しいわ。あの目の前にいた男性と体を交換されたみたい。本当に、これまで毎日、自分の体に違和感を感じて嫌だったけど、そう、この感覚。やっと本来の姿になれたんだって、嬉しかった。
ただ、だるいとか、お腹とか背中とかが痛いけど、体が大きく変わったから、こんなものなのかしら。週末も結構、ベットの上で休んでいたけど、治る感じではなかったわ。
でも月曜日になり、仕事しなくちゃって思い、会社に行った。それでも、お腹が痛くて仕事に集中できない時間が続き、11時ごろだったかしら、気持ち悪くてトイレに行こうと席を立った途端、血を吐いて倒れてしまったの。病院で目が覚めて、医者と面談することになった。
「もう知っていると思うけど、あなたは癌のステージ4で、末期です。だいぶ、痛いでしょう。もう病院には行っていますよね。特にお若いから進行が早くて、ここまでくると、余命はあと半年ぐらいだと思います。」
「え?」
「気づいていなかったんですか? そんなレベルじゃないと思いますけど。毎日、痛かったでしょう。」
「余命が半年って、これから、どんな生活になるのですか?」
「ここまで来ちゃうと、治療とかしても無理だと思います。痛め止めを出しますので、ご自宅で過ごされる方が多いかと。ただ、最後の方では、痛め止めでも限界があって、お金はかかりますが、入院して寝て過ごすこともあり得るとは思います。」
「そんな・・・。」
やっと、男性の人生が送れると思っていたのに、こんなことになるなんて。私と体を交換したあいつは、このことを知って私と体を交換しようとしたんだわ。そうに違いない。この体を私に押し付けたのよ。
ということは、このまま、半年後に、この体と一緒に私は死んでしまうのね。なんという選択肢を選んじゃったんだろう。本当に失敗した。
翌日、おじさんが私たちを呼んだあの部屋に行ってみたけど、別の人が住んでいて、ずっとここに住んでるけどとか、よく分からないことを言っていた。
確かに、数日前に、私は、この部屋に来たのに。そう思って中を覗いてみると、小さなお子さんがいるようで、殺風景な部屋とは違って、廊下に子供の描いた絵とかが飾られていた。あれはなんだったんだろう?
病院からもらった痛み止めで、それほど苦痛はなかったけど、食欲もなくなり、体はどんどん痩せ細ってしまったの。あと、半年だったら、今ある貯金で十分に生きていけるし、会社は辞めたわ。
私は、私から体を奪ったあいつに文句を言うため、元の私が住んでいたマンションに行ったの。あいつは、笑顔いっぱいで、会社から帰ってきたわ。少し飲んでいるみたいで、体全体から楽しいって気持ちが滲み出てる。
「ひどいじゃないの。余命半年ぐらいって、知っていたんでしょ。」
「あ、あなたですか。そう、知っていましたよ。別に、あなたと体を交換するなんて思ってなかったし、そう思っていたとしても、あなた自身が選んだんじゃあないですか。あの時、おじさんは戻れないって言ってたので、今更、何言っても無駄じゃないですか?」
「そんなこと知っていれば、あの時、帰っていたわよ。体を返してよ。」
「お互いに、どうなるか知らなかったんですし、変な言いがかりをつけるのはやめてください。」
「私の体、返してよ。」
「何回も言うようですが、それは無理ですって。」
その時、近所のアパートから、うるさいという文句が聞こえた。
「周りにも迷惑ですし、言っても仕方がないので、やめましょうよ。これ以上、文句を言うなら警察を呼びますよ。あなたは、警察に、私と体を交換したって言うんですか? 信じてもらえないでしょう。では、夜も遅いし、さようなら。」
私は、どうしていいかわからなくなり、その場で立ちつくし、あいつが去っていくのを見てるしかなかった。そして、再度、どうしてこんなことになっちゃんたんだろうと、目は涙で溢れていた。
誰かに相談したかったけれど、体を交換したなんて、親でさえ、誰も信じてくれないだろうし、私の親のところに行っても、誰ですかってなるだけだと思う。どうしよう。
私の女性時代の友達に会いにもいけないし、あいつの友達にも会いたくない。私は、本当に1人ぼっち。孤独って、こういう意味だったのね。辛い。
最近は、体力もすっかりなくなり、食欲もなく、時間はたっぷりあったけど、何もやる気が起きなかった。だいたい、朝起きて、お昼ぐらいまで痛みに耐えて過ごして、その後、時々は夕食の買い物をして、夜はお酒を浴びるように飲んで、いつの間にか寝てるという生活だったの。
でも、飲むと、この体を私に押し付けたあいつへの怒りと悲しみが溢れてきた。朝になると、少しは、この気持ちは治まるんだけど、もうすぐ、私は死んでしまうのね。このことが、重く私の心にのしかかり、日々、心を病んでいった。
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