第5章 人生の交換

第1話 石鎚山

 私は、会社での女性への待遇に不満があり、おじさんに誘われて人生をやり直すことにしたの。女性は男性が要求することだけをしてればいい、成果は全て男性のものだなんて、こんな古い考えが今どき通用しないでしょ。でも、そんな会社に勤めていたから。


 不満が爆発しそうな時におじさんと会い、人生をやり直すことにした。そして、目を覚ますと、さっき、目の前に座っていた、坂本って名乗る男性と体が交換されていることに気づいたの。


 男性に変わった後、充実した生活を謳歌していたわ。元の私は、どう過ごしているのかしら。男性中心の会社で嫌気をさしていたけど、男性になったからには、やりたいことを全てやろうと燃えていたわ。


 仕事では、気になった点は全て改善提案をし、会社からはとても評価された。昔の会社と比較できたので、外から客観的に見たときの問題点、改善の方向とかはよくわかった。そして、今の会社では、男女差別とかはないし、風通しはいいから、提案はウェルカムって感じがいいわね。


 その意気込みを買われ、個別PJのSEから、全社のことを企画する、経営企画本部に異動になった。プログラミングではなく、日々、会社の経営課題を検討する仕事をさせてもらったの。もともと論理的思考だったから、この仕事はぴったりで、会社の中でも、一目置かれる存在になっていったわ。


 そんなんだから、女性からの人気もあったようだけど、もちろん、女性とは付き合うつもりはないわ。逆にそれで、女性たちには、さらに神秘的な存在になっていると聞いたこともある。


 男性には憧れとかの気持ちは残っていて、気になる男性もいたけど、さすがに、この体で男性に近づくのは変態だと思われそうでやめたの。


 カラオケボックスとかに誘われて行った時に、女性の歌ばかり歌っていたら、気持ち悪いから、男性の歌を歌えよって言われた。そうね。男性として生きることを学ばないと。それから、男性の行動をよく観察したわ。


 トイレとかでも、昔は、女性社員たちが、意味のない話題でずっと話しているのを見るのがうんざりだったけど、この会社で女子トイレの状況はわからないけど、男子トイレでそんなことないし、とっても心が平穏で過ごせるのは嬉しい。


 上司との関係も良好だった。


「坂本くん、最近、とってもやる気があって、成長したね。他の社員も坂本くんみたく頑張ってほしいぐらいだ。」

「いえいえ、それ程でもないです。ところで、コンビニのPOSシステムにAIを組み入れてはどうでしょうか? AIは最近、結構使えるレベルに来てますし、小売業界は商品の値上げとかで悩んでいて、この辺で打開策を打ちたいと思っているはずです。」

「それはいいな。部門長に提案してみるから、プレゼン資料を作ってみてくれ。」

「わかりました。」


 昔は、1人で過ごすことが多かったけど、今は、職場の仲間とも、積極的に飲みに行って、楽しんでる。女性の時は、夜遅く1人で暗い夜道を歩くのは怖かったけど、男性の体になってから、そんなに気にしなくて済むのも嬉しいわ。


 また、酔っ払ってフラフラになっても、道端で寝ちゃっても、そんなに変な目で見られないから、たっぷり飲んで、大声で話して、本当に楽しい。こんな自由な世界があったんだって感じよね。


 飲み会とかだと、同僚が、女性の気持ちがわからない、女性の気まぐれに振り回されてるなんて言ってたりするけど、私には、両方の気持ちがわかるから、なんか、男女ってうまくいかないんだななんてことも感じた。


 そして、こういうことじゃないのかななんてアドバイスすると、しばらくして、あのアドバイスが当たっていて、今は彼女とはうまくやれてるなんて感謝もされたわ。そんなんで、男性どうしの関係も良好で日々が楽しい。


 また、女性って、いったん仲が悪くなると修復はもうできないけど、男性どうしは、言い争いになっても、次会うときには、言い争ったことがすっかり忘れていて仲良くできるみたいで、本当に人間関係が楽なんだなと気づいたわ。


 こんなに自由な世界があったんだって、改めて、男性になったことを喜んだの。体の調子もいいし、というより、体の中からエネルギーが満ち溢れてくる。


 プライベートでは、運動とか、男性って、女性より筋肉やスタミナがあるのね。女性の時には、ほとんど運動とかしなかったけど、昨日から、朝ランニングを始めてみたの。


 そして、朝、軽く汗をかいてからシャワーを浴びることも気持ちいいし、体が軽くなった感じがして、いいことばかり。本当にこの体になってよかった。


 また、これまでやったことがなかった登山とかも始めたの。男性は本当に楽よね。人気のない山でも襲われるとか気にしなくていいし、1人で行動しても誰も変な人とか思わないもの。


 誰かと一緒に行くとなると、いつどこで待ち合わせるとか制約が多いけど、1人なら、その日の気分で、これから山に行こうとかできるから。


 山に行く中で、旅行も1人で行くようになった。女性の1人旅は、周りから寂しい女性って目で見られるけど、男性ならそんなことはないみたい。


 温泉旅行に1人で行って、旅館で好きな時間に食事して、お酒をたっぷり飲んで、そのまま寝れるというのは最高ね。こんな自由な生活があったのかと、繰り返しになるけど、今更に驚くわ。


 今回は、四国で一番高い石鎚山に登るため、愛媛に来ていた。この頃は、トレーニングの成果もあって、石鎚山頂まではあっという間に到着した。女性だったら、こんな山に1人で来ようなんて考えることもないと思う。今の私は、本当になんでもできて、すごいわね。


 石鎚山山頂から、すぐ先に見える天狗岳に行くことにしたけど、流石にこの両サイド崖のような道は怖かった。怖くて天狗岳に行かない人も大勢いたけど、ここまで来たんだから、天狗岳に行こうと決心したの。そう、男性になったんだからチャレンジしないと。


 両サイド崖の細い道を歩いている時だった。突風が吹き、体がよろけ、足が滑ってしまった。そして、右側の崖から転落してしまったの。何回も岩に頭をぶつけ、200mぐらい下の岩の上で止まった。


 最近、自信過剰になっていたのかしら。せっかく切望していた男性になれたのに、半年も経たないうちに人生が終わってしまうなんて・・・。そして、目の前は真っ暗になって、意識がなくなっていった。


 救助隊はきたものの、大量の血が流れ、心臓はすでに停止していて、救助を諦めた。

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