第4章 レズビアンの裏アカ

第1話 裏アカ

 親にも、友達にも、誰にも言えないことがある。私、女性なのに、好きと思うのは女性だけ。


 どうして普通になれないんだろう。周りの友達は、あの男性はカッコいい、あの男性と付き合うにはどう声をかけたらいいかとか、笑い声いっぱいで話ししている。


 そんななか、相槌打ちながらも、ついていけない私がいて、どうして普通になれないのかなって苦しい。私って、普通じゃない。


 中学1年になったときテニス部に入ったけど、部室から出てきた女性の先輩の顔を見れずに下を向いてしまい、自分の好きを知った。でも、こんな体の私じゃ恋愛の対象にはみてくれないだろうって、言い出せなくて、本当に苦しかった。


 男性とも付き合ってみようと思ったこともあるけど、なんか、私の気持ちを考えずにずけずけと入り込んでくるのが嫌だったし、近づいてくるだけで気持ち悪くて、生理的に受け入れられず、付き合うことはできなかった。


 そんな感じなので、男性からは、大した女じゃないのに、気位が高すぎて、つまらないやつと言われ、もっと嫌いになった。


 中学1年の頃は、クラスの女性どうしで、遠くから、廊下を走って近づいて抱き合い、男女のファーストラブってこんなんだって遊んだこともあったけど、そんな時は楽しかった。


 それから女友達は男性との時間が増えていって、女性どうしの会話って、その隙間時間を埋めるような感じになっていった。


 私とカフェでランチ食べている時に、彼から電話があり、誘われたのか、今、暇してたからすぐに行くよと返事して、私には、ごめん、彼の所に行くねって行っちゃうことも、よくあった。女友達なんて、このレベル。


 そんな私が、今回は両思いだって信じて告白したこともある。とっても仲良くしていた友達で、なんでも話し合えたのに、告白した途端、気持ち悪いって彼女は逃げていった。ずっと一緒だよって言ってたじゃない。だから勇気を持って告白したのに、私って気持ち悪いんだって。本当に死のうかと思った。


 でも仕方がないわ。それが普通だもの。世の中には、小説とかコミックとか溢れてるけど、男女の恋愛をテーマにするものが多い。BLとかあるけど、少数派でしょ。私の友達からも、女性が好きなんて聞いたことがないもの。


 性転換が多いタイの人から聞いたんだけど、タイでは4人に1人は自分の性に違和感を感じてるんだって。これって、どの国でも同じで、日本がそうじゃないとすれば、言い出せてないだけと言っていた。でも、それって違うと思う。私の女友達、みんな男性と楽しそうに過ごしている。


 私は、なんとなくぴーんとくる男性がいないって嘘ついてる。多分、コンビニのお弁当とかチーンして、容器のプラスティックが溶けて食材に入っちゃう公害とかで、私は、体が変になっちゃっていているかも。そう、病気なのよ。普通の人じゃない。


 私は、このままずっと、好きな人ができても一緒にいられないのね。もう、生きてるの、疲れちゃった。ネットを見るたびに、自殺サイトとか目に入ってくる。そろそろ限界かも。


 そんな時に、男性として裏アカを作り、SNSで女性と話すことに楽しみを見つけた。女性は、最初、男性を名乗る私に警戒しているけど、根気強く、声をかけ続けていると、10人に1人ぐらいは、優しいね、ありがとうって、DMでの会話をしてくれた。


 女性達の日々の悩みに応えて、本当に大変だね、大丈夫だよと声をかけ続けていると、ねえ、聞いて聞いてとか、何している人なのとか、会話ができることは、本当に楽しかった。


 そんなことを続けていると、今度会おうとか、Zoomで話そうよって言ってくる女性も時々いた。でも、私が女性だとバレて昔のように嫌われるのが怖くて、いろいろな理由をつけて会えないと断ってきた。


 そうすると、連絡してこなくなる人もいたけど、もっと積極的になった方がいいよって言ってくれる人もいた。そんな中の1人からメッセージが届いた。


「1週間後、高校最後の学祭で私、歌を歌うの。結構、頑張って練習したんだ。聞きに来てよ。」

「いや、その日は、用事があって、行けるか分からない。」

「いつも、そうなんだから草食男子とか言われちゃうんだよ。だめだよ! なんか、見た目とか気にしている? 私、あなたのこと、そんなことで嫌いにならないからって、いつも言っているじゃん。本当に会いたいの。だって、いつも私のこと応援してくれて、私が悩んでいること、いつもわかってくれて、本当にいつもありがとう。会いたい。」

「いや、そんなんじゃなくて。凛のこと、いつも大切に思ってるけど、アルバイトが立て込んでいて。」

「アルバイトって、いつもじゃないんだから、少しだけでも抜け出せない? 来るって信じて、歌の練習、頑張っているからさ。」


 こんなに言ってくれる女性は他にいないとは思いつつ、自分が女性だとわかったら、また、気持ち悪いって逃げられると思い、行かないと返事した。


 でも、ずっと行きたい気持ちで悩んで、当日、凛の顔を見たい気持ちが抑えられずに、彼女が通う高校の学祭に足が向かった。


 学祭では、アイドル曲が始まり、途中でメンバー紹介となった。自分がSNSで話している人の名前を呼ばれ、彼女が日々、会話をし、心の支えとなっている人だと分かった。


 顔を見るのは初めてだったけど、SNSで会話をしているイメージとぴったりの、子供っぽさを残しつつ、でも芯はしっかりとした女性で、やっぱりこの子だったと思える女性だった。


 でも、声をかける勇気がなく、そのグループの歌が終わり、会場を出た。学校の校舎を見ながら、好きな人と会って、顔を見ながら笑い合えないことに涙がこぼれていた。その時だった。凛が、待機場所だろうか、テントから出てきて、私とぶつかった。


「あら、ごめんなさい。大丈夫でした。」

「いえいえ、こちらこそ、よそ見をしていてごめんなさい。」


 え、凛じゃない、こんな形で会うなんてと、私は立ちつくした。そして、私のことを知るはずもない凛は、思いのほか気さくに話しかけてきた。多分、涙を流してる私を気遣って、知らない人なのに話しかけてくれたんだと思う。


「ハンカチ、落として汚れちゃいましたね。今日、このステージを見に来たんですか? まだ歌は続きますけど、帰られるということは、つまらなかったんですかね。」

「いえ、盛り上がってました。あなた方の歌、とってもお上手でした。」

「聞いていただいていたんですね。お世辞でも嬉しいです。ここで会ったのも何かの縁ですし、少し、この辺で、何か買って、食べながらお話しでもしませんか。」

「でも、今日、会ったばかりだし。」

「気にしないって。行こ、行こ。」


 強引に、学祭の綿菓子を買って、連れていかれてしまった。なんか、思ったより行動力があるけど、それも魅力的に思えた。


 凛の容姿や振る舞いは、天真爛漫というか、キラキラオーラー全開だったけど、一方で、SNSの会話からは裏表がない、素朴な心の持ち主だと感じていたので、この2つの面を持った凛がとても眩しかった。


 これだけ、周りの雑音にとらわれず、打算もなく、真っ直ぐしたいことをしている姿には、女性の嫌らしい面は全く感じられず、憧れを感じた。


「ねえ、初めての人に話すのもなんだかと思うかもしれないけど、気があう人だと直感で感じたので、聞いてくれる。私、SNSで知り合って、まだ直接には会ったことないんだけど、好きな人がいて、なかなか会ってくれないんだ。顔とか知らないだけど、いつも優しくしてくれて、会いたんだけど、どうすればいいかな?」

「そうなんだ。どんな話しする人なの?」

「どういう話しするっていうか、いつも私のこと聞いてくれて、それは大変だねとか、それは私の方が正しいよとか、いつも味方になってくれるんだよね。そんな人、初めてだったし、本当に私のことわかってくれて、こんな人と一緒にいたいと思っている。でも、今日も誘ったんだけど、来ないって。彼女とかいるのかな。」

「好きって言えないだけかも。」

「そうじゃない気がする。なんとなく避けられているような。多分、誰にでも優しいだけなんだよ。私って、男性運が低いから、本当にだめ。」

「そんなことないと思うけど。」

「ところで、さっき、泣いてなかった? なんかあったの?」

「いや、なんとなく高校の学祭って、懐かしくて。」

「そうなんだ。色々、思い出があるのね。泣きたい時は、泣くのが一番だもんね。」


 歩きながら綿菓子を食べて、じゃあって別れた。凛って本当に心が透き通った人だなって思いつつ、告白する勇気もない自分を責めて、自分の家に向かった。


 こんな体だから、凛に何も言えない。自分が凛と付き合いたいと言えば、彼女は気持ち悪いと言うに決まってる。そんなことを考えていると、また涙で目がいっぱいになってきた。


 それから1ヶ月ぐらい経ったあたりから、私は、大学から帰る途中で、ふと気がつくと、凛が通っている高校の正門に来ていることが度々あった。凛と会えるはずもないけど、もしかしたらと思い正門の前に立っていたのだ。


 そんなことが続いて1ヶ月ぐらい経ったとき、正門で声をかけられた。


「あれ、綾さんじゃない。」

「え、こんなところで凛さんと会えるとは思っていなかった・・・」

「覚えていただいていたんですね。嬉しい。ところで、この高校に何か用事があるんですか?」

「いえ、この近くのお店に頼んだ品があって、取りにきたんだけど、そういえば、この前、この高校に来たなって、懐かしくなってきてみたの。特に、何か目的があって歩いていたわけじゃなくて、あれ、何言っているんだろう。」

「せっかく再会したんだから、駅前のカフェにでも行きませんか? 今日、友達とか誘っても誰もいなくて、誰かと話したい気分だったんですよ。」


 凛がよく行っているという、駅前のおしゃれなカフェにいった。中には、制服を着た女子高生ばかりで、私は年上って感じで、少し浮いていたかも。


「前回は聞かなかったけど、凛さんはどこに住んでるの?」

「門前仲町って知っています? そこでずっと暮らしてるんですよ。」

「門仲ね。和気あいあいとした、昔ながらの情緒がある所で、素敵よね。」

「知っているんだ。そうそう。この高校までは少し遠いいんだけど。ところで、綾さんは東京に住んでるの? 大学に行ってると聞いたけど、どこの大学で、何を専攻してるの?」

「私も東京生まれ。高円寺って知ってる? 住宅ばっかりの街よ。」

「どこかな、スマホで調べてみるね・・・中野のあたりなんだ。都会ね。」

「そんなことはなく、本当、住宅しかないって感じ。それで、大学は、明和大学で情報学部にいる。ITというと分かりやすいかな。凛さんと3歳違いかしら。」

「そうなんですね。プログラム作れるって、すごい、すごい。でも3歳違いなんだ。なんか、背が高くてすらっとしているし、大人の女って感じで、憧れちゃう。そういえば、前回、会ったときは私の話しでSNSの男性のこと話したけど、綾さんは、彼氏とかいるの?」

「う〜ん。あまり、周りに素敵な男性がいないから、今は彼氏はいないかな。SNSの彼とはうまくいった?」

「進展なしで〜す。もう、最近の男性って草食というか、ぐいぐい来てほしいのにっていう感じですよ。」

「そんなに焦らずに、穏やかな関係っていうのもいいんじゃない。」

「それもいいんだけど、やっぱ燃えるような恋っていうのもしたいし。」


 凛は、恋愛について、爽やかな夢を永遠に話していて、18歳らしく、まだ夢多き、純白の心のようだと、凛の顔をずっと見つめていた。


「綾さん、私の顔ばかり見ているんじゃなくて、優しくしてもらいたいとか、どこかに連れて行ってほしいとか、男性に目を向けた方がいいよ。年下の私がいうのも何だけど、恋愛はもっと楽しいことが多いと思うんだけど。」

「そうかもね。ところで、そろそろ帰ろうか。」

「そうね。お勘定は、割り勘っと。」

「また会おうね。今日みたいに誘う相手がいないときは、いつでも私のLINEに連絡して。」

「今日は楽しかった。そんなこと言うと、週1で誘っちゃうぞ。でも、大学もそんなに暇じゃないんだよね。じゃあ、帰ろう。」


 東西線の改札口まで見送り、凛にバイバイと手を振って別れた。そして、自分はJRに乗り、自宅がある駅まで電車に揺られた。


 でも、本当に無邪気で、真っ直ぐな子。人を疑うとか考えたことないのかもね。悩みとかない、とても幸福な環境で育ったのかも。


 汚れている私とは正反対。そんな私だから、ずっと関係は大切にし、見守っていきたい。私が女性を好きっていうことは、今後、ずっと言わないつもり。


 結局、私は異常なの。好きな人とは、誰とも付き合うことができない、寂しい人生。そんなことを考えると、どんどん暗くなり、生きていく自信がなくなっていった。


 周りは、桜とかが咲き誇っていたけど、私には、まだ葉がない寂しい木々しか目に入ってこない。これから新緑で生き生きとする木々。でも、私は、そんな風に生き生きと成長できるのかしら。みんなが生い茂る下で、陽の光を浴びることができずに朽ち果てていくのかもしれない。


 みんなと違うってことは、そういうこと。私は異常だから、世の中からは排除されるべき人なの。みんなも、そう見てるでしょ。


 交差点で、車のヘッドライトが横を通り過ぎた時、ここで、飛び込んで車に轢かれちゃおうかなんて考えていた。その時に、おじさんから声をかけられて、人生をやり直せるなら、やり直したいと思った。そして、赤い薬を飲んだら、急にめまいがして周りが見えなくなった。


 そして、次に目覚めた時には、驚くことに男性として生まれ変わっていた。

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