第2話

始まりは、いつも王国歴五百六十八年四月十五日。


私は十四歳。お父様から、自分の愛人が暮らしていたファルス子爵家より、その愛人が逝去した為、残された異母兄妹を引き取る事にしたと告げられて、反発と抵抗の為に絶食を続けて二週間が過ぎた時。


そして、異母兄妹であるマストレットとダリアがフォクステリア家に来て三日後の事。


私は死して生き直す度に運命を変えようと抗うけれど、この時点で手遅れになっているのよ。


一歩ずつ、少しずつ、ダリアの狡猾さに乗せられ、謀略されて追い詰められ、悪魔召喚を行なってしまう。


そして召喚の儀式をダリアに見られて「異母妹を虐待し、悪魔を召喚しようとした恐ろしい魔女」として火刑が決まり、十六歳の終わりに処刑台へ送られる。


前世も同じ結果だった。私は舌を切られ処刑台に縛りつけられ、火あぶりになるのを絶望して受け入れていた。


私がもっとダリアを見くださずに優しく接していれば良かった。私がダリアを排除しようと悪魔など召喚しようとしなければ良かった。


お父様がお母様を裏切って愛人を作り、二人の子供までもうけていた事を、軽蔑し嫌悪しなければ良かった……全ては私の愚かさのせい。


「少し待って下さい。哀れな姉に最後のお祈りを捧げさせて欲しいんです」


ダリアがそう言って、私に歩み寄る。こんな事は繰り返してきた生き直しにあったかしら?記憶にはないわ。


「ダリア様はご自身を害そうとした悪女にも何て慈悲深いお方だ!」


「それに比べてガネーシャの悪名高い事」


群衆の声を聞きながらダリアをぼんやりと見つめる。ダリアは私の耳元に囁きかけた。


「愚かなお姉様。既に私が召喚している悪魔を召喚出来るわけないじゃない」


……ダリアが悪魔を召喚していた?それはどういう事なの。


「私ね、ウィリード王太子殿下と婚約する事になりましたのよ。お姉様の婚約者ですね。奪われて悔しいですか?」


「……っ!」


ダリアの目が笑っている。口元は内緒話をするように手で隠しているから、他の人達には見えない。


「私ね、お姉様のものなら全部欲しいんです。地位も名誉もお父様の愛情も、ご友人の皆さんも……王太子妃の座も、全て。だって、お姉様のせいで私は愛人の娘として後ろ指をさされて何も得られずに生きてきたのだもの」


それは、私が本妻であるお母様の娘というだけで恨んできたというの?ダリアの強欲さと恐ろしさに身の毛がよだつ。でも、舌まで切られた私には為す術がない。


「お姉様、ありがとうございます。私の思惑通りに動いて下さって。私が仕組んだ罠に全てはまって下さったのですもの。どうか、立派な悪女……魔女として死んでいって下さいね」


ダリアが言うだけ言って身を翻す。うつむいて全身で嘘の悲しみを演じながら、離れてゆく。


──何度も生き直した。その度に罪人として処刑された。それらはダリアに仕組まれて、その通りに動いてしまった結果なのか。


悔しい。憎い。身分の低い異母妹としていだいてきた憎しみとは比にならない憎悪と──我が身の不幸に泣き叫びたい。


こんな事が許されるの?私の意思のみではなく奸計によって処刑されてきていたの?


石つぶてが投げつけられる。罵倒され、早く火をつけろと民衆が煽る。


何度も味わった屈辱を、私は初めて心底からの憤りで受けとめた。


「──可哀想な少女、ガネーシャ。救われたい?」


不意に、澄んだ声が聞こえた。中性的な声。はっとして声が聞こえてきた頭上を見上げると、美しい少女のような少年が浮いている。


「次に生き直しが始まったら、真っ先に僕を召喚して。僕は時空を司るベリテ。君を悪夢のような生涯の繰り返しから救える者」


周りには彼の姿が見えないらしい。騒ぎにならない。


ベリテ。精霊なのか悪魔なのか、美しさでは判断出来ない。


足元に着火する炎が近づいてくる。


「いいね?目を覚ましたら、すぐに僕を呼ぶんだよ。そうしたら、僕が君に幸福な生涯を全うさせてあげる」


甘い声。私は藁にもすがる思いで、分かったわと言葉に出来ない声で答えようとして──業火に生きながら包まれるという、筆舌に尽くし難い苦痛に叫んだ。


言葉を発せられない私の惨めな姿に、皆が嘲笑い騒ぐのを聞きながら、流す涙さえも炎に包まれて消えていった。


それが、私の前世の最期だった。


死なされたと思うと、悪夢から目覚めたように十四歳の私が自室のベッドで朝を迎える。


「……また始まったのね……」


けれど、すぐに違和感に気づいた。


絶食の空腹による、胃のよじれるような不快感がなかったのよ。むしろ爽やかな朝を迎えた気分だったわ。


「お嬢様、お目覚めでございますか?洗顔のお湯をお持ち致しました」


私の専属侍女であるメリナが入ってくる。いつもなら絶食している私を気遣いながらなのに、全く自然な様子だった。


「メリナ。今日は何年何月何日?」


今までにない始まりに、思わず訊ねずにはいられなかった。すると、メリナは不思議そうに答えたわ。


「王国歴五百六十八年四月一日ですわ。どうかなされたのですか?」


「一日?十五日ではなくて?」


「はい、一日でございます。お嬢様、何か夢見でも悪かったのでございますか?」


一日と言えば、お父様から異母兄妹について知らされて、この日の晩餐から部屋に引きこもり絶食を始める日よ。繰り返してきた生き直しと違うわ。


──時空を司るベリテ。


あの声が脳裡によみがえったわ。彼が何かを変えたのかしら?時空を司るならば可能ではあるのだろうけれど……。


何にせよ、お父様に反発する前よ。屋敷には私の浅はかな行動を非難する者もいない。


やり直せるんだわ。ついに悪夢の生涯から抜け出せるチャンスを得たと知った。


「……お嬢様?いかがなされましたか?侍医を呼びましょうか?」


「いえ、何でもないの。どうやら悪い夢を見ていたみたい。顔を洗えば気持ちもすっきりするわ」


「それでしたら、ようございますが……」


ベリテ。彼を召喚しなくては。私を救ってくれると告げた彼を。今日ならば私を見咎めるダリアもいない。


「メリナ。朝餐を終えたら書庫に行くわ。私が書庫にいる間、誰も入らせないで。大事な調べものがあるのよ。集中したいわ」


「かしこまりました。お嬢様、午後には旦那様が大切なお話があるので執務室に来るようにと仰せでしたので、それまでにお済ませ下さいませ」


マストレットとダリアの話ね。初めの生涯では聞かされてヒステリーを起こしたわ。後の生涯では二人が屋敷に迎え入れられた後だったから、手遅れだったのだけれど。


──やり直せる。全てを失う事なく。


今生では、上手く立ち回れば──前世の最期に私を愚弄したダリアにも仕返しが出来るんだわ。


私は早く朝餐を済ませて書庫に向かおうと決めた。書庫には精霊や悪魔の古い書物がある。ベリテが何者か分からないけれど、それらから探せば名前は見つかるはずよ。


「メリナ。今日はお天気も良いわね。空気が澄んでいるように感じるわ。目覚めの紅茶は、晴れやかな気持ちの朝にちょうどいいディンブラをストレートでお願い」


私は万感の思いをこめて言葉にした。

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