闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ

城間ようこ

第1話

「ガネーシャの妹への虐待は目に余るものがある。私はここに、ガネーシャ・ダント・フォクステリアとの婚約を破棄し、ダリア・ダント・フォクステリアと婚約する事を宣言する!」


国王や王族も出席しているパーティーで衆目が集まる中、王太子のウィリード殿下による宣言は雷のように轟いた。


「そのような事実はございませんし、わたくしは潔白ですわ。──つまり、王太子殿下は国を背負う身でありながら、私欲を優先なさると仰るのですね。わたくしが王太子妃教育を受けている間、逢瀬を重ねて享楽にふけっていた事実は皆さまご存知でしょうに」


私は悠然と構えて言い返した。この日の為に全て準備してきたのよ。


「なっ……何を愚かな!己の身の程も弁えず私を貶めて保身に走るつもりか!」


反撃は予想していなかったようだわ。でも、自分の置かれた立ち位置が分かっていないようね。ウィリード殿下の傲慢な発言に、周りにいる貴族達は囁きを交わし合っている。


「王太子殿下は婚約者がありながら、しかもその婚約者の妹君と頻繁に会っていらしたとか……」


「その妹君も、果たして王太子妃に相応しいのでしょうか?私は彼女がガネーシャ嬢を貶めているというお話をサロンで聞いてまいりましたわ」


「しかも未婚の身ですのに王太子殿下といかがわしい事をなされたとか」


「私も聞き及んでいます。貴族の令嬢にあるまじき振る舞いをされて、姉君のガネーシャ嬢がなされたかのように吹聴したと」


「ガネーシャ嬢は王太子妃教育と慈善事業に励まれておいででしたのに、ダリア嬢は姉君の婚約者である王太子殿下に、はしたない態度で迫られておいでだったと聞いていますわ」


「貴族の義務も果たさず、あろう事か姉君の婚約者を略奪しようなどと……しかも毒を盛ろうとした噂もあるではないですか」


「何て恐ろしいんだ。到底信じられん事だな」


「フォクステリア家から流れてきたメイドが話していたから信憑性がありましてよ」


聞こえてくる言葉は全て、私の味方をする声ね。根回しは成功したようだわ。ダリアがうろたえて色を無くしているわね。


ダリア。あなたの手足となっていた存在はもういないわ。あなたの唯一無二だった手駒は私達によって葬られたのだもの。


「失礼致します。よろしいかしら?」


私は淑女らしく純心を装って一歩前に出た。


──来た。ついに迎えたわ、この時を。


私は様々な白い生地を重ねた上に銀糸で刺繍を施したドレスを戦闘服にして十七歳のデビュタントに挑み、そして勝利したんだわ。


私の淡い金髪はこの夜の為に格別に手入れされて、上質な絹糸のように艶めき、ラベンダーアメジストを思わせる瞳は輝いて理知と神秘をたたえ、白い肌は真珠のごとく映えていると自負している。


断罪されてきた哀れな私は、もうどこにもいない。


私は満ち足りた思いで口を開いた。


「王太子殿下ならびに王室の皆様に申し上げます」


ここからは私が全てを握るのよ。


「王妃たる者、王が道を誤れば正す鞭となり、国が危うくなれば護る盾となり剣となり、常に国と国民の為を思う母となり、愛し守り慈しみ育むべき者でございます。それは険しい人生でございましょう。しかし、わたくし、ガネーシャ・ダント・フォクステリアには覚悟というものがございます」


妹のダリアが歯を食いしばり、顔を悔しげに歪めるのが視界の端に映っている。


そうよ、その顔が見たかったの。


だから私は死の淵から時を超えて戻ってきたのよ。業火さえも私の無念は燃やし尽くせなかったの。


どれだけ繰り返しても、辿り着けなかった舞台。そこに今立てているという歓喜に血が騒ぐわ。


王太子妃、未来の王妃になるのは私よ、ダリア。


あなたは私を謀略して破滅させようと頑張ったけれど、私は全てを見透かしているもの。


「ガネーシャ、胸もとに手をあてて。そこにエネルギーを集めてから溢れさせるイメージで」


私にしか見えない、私の味方──時空を司る異界の者、ベリテが耳もとで囁きかける。


私は一度まぶたを伏せて言われた通りにした。


手をあてた胸もとでは、鼓動が力強く脈打っているのが分かる。


その力、今ここで解放するわ。


過去に悪女として死んでいった私が、この瞬間から聖女として生まれ変わるのよ。


体があたたかい光に包まれるのが分かり、私は微笑んでから、貴族や王族の集まるダンスホールに黄金の光を解き放った。


「これは……まさか……王国に伝わる、導きの星の光なのか?!」


「あれは国難に見舞われた時に顕現する聖女様の力のはず……」


「眩しい、直視出来ない……!太陽みたいな明るさだわ」


皆が口々に騒ぎ立てる。眩しいのも当たり前よ。力を見せつける為に、わざわざ光の力を選んだんだから。


前世で私を踏みにじった奴らが集まっているもの、光でこんがり焼いて豚の餌にして差し上げたいけれど、ここは生き証人になってもらうわ。


王家の長子であるウィリード殿下はもちろん、国王夫妻に他の王子達、王女達や王族全員が目の色を変えているのが痛快だわ。


貴族達は皆、驚きのあまり品も格式も忘れて歓声を上げているし、明日の新聞の見出しは決まったわね。


ふふ、それにしても白いドレスを選んで良かった。光がより一層映えるもの。私を神々しいと讃える声が耳に心地よい。


「ダリア……わたくしは、あなたを忘れないわ」


ここからがラストスパートで、そして復讐の始まりよ。


「わたくしの可愛い妹であり、わたくしに向けられた刃である、あなたを忘れない事で償いにして頂くわ。あなたは生涯をかけて跪き祈り償うのよ」


「……ガネーシャお姉様?何の事ですか?」


声が震えているわ、ダリア。高笑いを堪えるのもきついわね。ああ、お腹を抱えて笑いたい。


「あなたの罪深さは、あなたを姉として正しく導けなかった、わたくしの責でもあるわ。だから……償う為の命を、あなたに残してあげると言っているの」


些細な悪意ある悪戯から始まって、憎悪に駆られた重罪まで、私は意地悪く優しく導いてあげたもの。


証拠も押さえてあるから、ダリアが落ちぶれてゆくさまを楽しく見ていられるわ。


ダリア、私の腹違いの妹。お父様の愛人の娘。貧しいファルス子爵家の一人娘から生まれた可哀想な子。


私は散々慈しんであげてきたもの。


「ウィリード殿下……いえ、ウィリード王太子殿下の仰せになりました婚約破棄と、ダリアとの新たな婚約を、わたくしは聖女として見過ごす訳にはまいりませんわ」


「え?あ、ああ……あれは……」


まだ光を放つ私に呆けているウィリード殿下に向かい、淑女然とした笑みをたたえて見せる。


「わたくしは、ここに宣言致します。国の聖女として、我が身の力を未来の王に捧げると」


どこからともなく始まった拍手は広がり、ダンスホールは割れんばかりの拍手と、そして目がくらみそうな目映い光に包まれた。


これが本当の私。聖女として覚醒する十七歳を迎える事の出来た、私の本当の人生。


せいぜい謳歌させてもらうわ。


過去に私を魔女と言い広め、火刑台に上がらせたダリアを好きに扱い、可愛がりながら。


「ウィリード、ガネーシャ公爵令嬢との婚約破棄だが、王太子とガネーシャ公爵令嬢の間で結ばれた婚約を反故にする事を我は認めぬ」


王様が重々しく告げる。


「身勝手な振る舞いで人心を乱した事は身をもって償わせる。いいな?」


「父上……?!」


国王にここまで断言されても慌てるしか出来ないだなんて……。このお馬鹿さんも、これから調教しないといけないわね。


まあ、それも必要ないかもしれないけれど。


王様が言葉を続ける。


「導きの星の光、聖なる乙女が力を発現させた今、我が国の未来は、かの乙女を王室に迎え入れる事により担保される。王太子と乙女の破棄なき婚約を改めてここに告げる」


私を利用する気なのが、ありありと見てとれる言い方ね……まあ、私も利用するからお互い様よね。


「ありがたき幸せに存じますわ、王国の沈まぬ太陽に心より感謝申し上げます。わたくしは王国に与する事を誓います」


それにしても、光が収まらないわ。私の力はそんなに強いものなのかしらね?光につられて蛾が寄って来そうで嫌だわ。


──ちょっと、ベリテ。この光を何とかしてくれる?


心の中でベリテに語りかける。自分で自分の光に目はチカチカするし、もう十分に周りを味方につけられたでしょう。


「ん、分かった。──はい」


──ありがとう、ベリテ。


ベリテが指を鳴らすと、私から放たれ続けていた光が消えてゆき、ようやく普通の公爵令嬢らしい姿に戻れた。


光に熱が無くて良かったわ、でなければ今頃全身汗まみれよ。せっかくのお化粧も台無しになるわよ。


「悲しいけれど、ダリア。……あなたには重ねた罪を認識してもらわなくてはならないわ……わたくしを陥れようとした事は瑣末事よ、けれど口にするのも恐ろしい罪は……」


王室の地下牢はまだ使えないわよね。貴族の監獄に入れてもらうしかないかしら。


「何でですか……私は……ただ、ウィリード様に相応しいのはガネーシャお姉様ではないと言われ続けて……」


「甘言に騙された?それは結果論でしかないわ、ダリア。結局はあなたが動いたのよ?」


影で私が暗躍している事にも気づかずにね。


「くっ……私は、私は悪くないです!私は騙されて操られていた被害者なんです!」


「操られて重罪を犯せる心理が分からないわ、善悪の判断もつかない程に幼かったなんて……ダリア、あなたには公爵家が教育を施したでしょう?理解出来ないくらいに不出来な娘でしたと喧伝しているようなものよ?」


ダリアったら、少しつついたら顔を真っ赤にしているわ。本当に可愛くて愚かな子。


こんな愚かな子に陥れられた前世の私は何だったのかしら──私はダリアを楽しく眺めながら、前世の記憶を思い返したわ。


悪女として、魔女として火あぶりになり散った前世の全てを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る