スコシン
@d-van69
スコシン
「なあ、スコシンって、知ってる?」
「なにそれ」
「少ない神様と書いて少神。小さな神社らしいんだけどさ。そこ、願い事がよく叶うんだって」
「え?マジで」
「うん。ただし、大きな願いはだめなんだ。小さな願いじゃないと」
「小さな願いって、どんな」
「例えば、もう少しだけ成績がよくなりたいとか、もう少しだけお小遣いが欲しいとか、そんなささやかな願いを叶えてくれるそうなんだ」
「へえ。でもそんな小さな願いだと、本当にその神様のおかげかどうかわかんないだろ。本人の努力の結果かもしれないし」
「いやいや、実際に俺も願いが叶ったんだけどさ、なんの努力もしてなかったんだぜ。それも効果が出たの、神社にお参りした次の日だよ」
「へぇ。だったら試しに俺も行って見ようかな……。おい、場所教えろよ」
「ナイショだぞ。少神ってのは……」
カフェで後ろの席に座った男達の会話に知らず知らず聞き耳を立てていた。そこに出てきた地名を何度も口の中で呟き、記憶にとどめる。
「それからこれだけは注意しろ。大きな願い事はするな。とんでもないことが起こるみたいだから」
「とんでもないことって、なんだよ」
「知らん。神仏の祟り系は怖いから試す気にもならん」
大きな願いとはどんなものだろう。大金持ちになりたいとか?豪邸に住みたいとか?高級外車に乗りたいとか??イケメンの彼氏が欲しいとか?
フッとつい笑いがこぼれた。
少なくとも今の私にとって、それらはほぼ興味の無いことだ。学生時代に起こしたネット関連の会社が急成長を遂げた。それが大手企業の目に留まり、買収されたことで私の銀行口座には10桁以上の数字が並んでいるのだ。よっぽどの浪費家ではない限り一生使いきれない金額だ。
ただ、イケメン彼氏には興味を惹かれる。私には子供の頃から人より容姿が劣っているという自覚があった。だから異性にはまったく目もくれず、ただ勉強だけをがんばってきた。会社を興したのだってその延長だ。ずっと一人で生きていく覚悟の上でのことだった。
お金を持てば男は寄ってきた。でもそれは私の銀行口座が目当てであって、私の魅力に引き寄せられたものではないことは明らかだった。
もし私の容姿がもう少しましだったなら。もう少し目が大きかったら?もう少し鼻が高かったら?もう少し小顔だったら?男は金でなく私自身を見てくれるだろうか。
お金があるのだから整形でもすればいいと人は思うかもしれないが、私にはその踏ん切りが付かなかった。健康な体にメスを入れるという行為にはどうしても拒絶感を覚えてしまうのだ。
だったら神様にお願いしてみよう。ささやかな願いなら何でも叶うという神様に。
私はすぐさま地図アプリを呼び出して、覚えたばかりの地名を検索した。
それは本当にあった。神社というよりもただの祠といった感じだ。鳥居は無いし、鳴らす鈴も無い。賽銭箱はそのまま持ち去られそうなサイズだ。それでもせっかくここまで来たのだから、とりあえず願掛けだけはしておこう。
少しだけ奮発して大き目の小銭を投げ入れ、拍手を打つ。それから心の中で願った。
神様。もう少しだけ、目を大きくしてください。小さい頃から一番のコンプレックスだったんです。この細く釣りあがった目が。どうか、お願いします。
一礼してから社を離れる。そして急いで鏡を見た。さすがにこんなすぐには変らないようだ。
次の日、顔を洗おうと鏡を見て驚いた。パッチリとした二重になっている。眠いときや目を擦ったときに時々こんな状態にはなることはあったが、そのときはすぐに元に戻ったものだ。でも今回はどれだけ瞬いてもひねくり回しても一重に戻ることはない。それに、整形とはちがいナチュラルだ。
すごい。本当に願いが叶った。身支度を整えた私は意気揚々と家を出た。
すれ違う人の反応。心なしか昨日までとは違うように思えた。特に男の反応。なんだか視線を感じるのは気のせいだろうか。
さりげなく鏡で自分の顔を確認する。うん。朝見たままの二重だ。でも、そのときは気づかなかったけど、目が大きくなったせいで、今度は鼻の形の悪さが余計に目立ってしまう。
だったらもう一度、神様にお願いしよう。そうだ。善は急げ。私は急いで家に戻り、車に乗り込んだ。
翌朝、期待に胸を膨らませて鏡を見た。願いどおり、鼻が少しだけ高くなっていた。色んな角度から自分の顔を眺め悦に入る。でも、そのうちにまた別の部分が気になりだした。顔の大きさだ。目鼻立ちはましになったけど、輪郭が元のままだ。
しょうがない。すぐに身支度を整え、また例の神社に向かった。
確かに顔は少し小さくなっていた。ところが一番気になっていたエラが張り出したままだ。直して欲しかったのはここだったのに。ただ少しだけ顔を小さくしてくださいと願うだけじゃ駄目だったのか。
私は少し苛立ちを覚えながら、クルマのキーを手に部屋を出た。
四度目の神社。小さな賽銭箱に一番大きな紙幣を突っ込み、拍手を打った。
神様。お願いです。もう少しだけエラの張りを抑えてください。ここを一番なおしてほしかったんです……と、そこまで祈って思い出した。そうだ。目だ。確かに目は二重で大きくなった。でも、目と目の間は広いままだった。
神様。もう少しだけ両目の間隔を狭めてもらえないでしょうか……あ。それなら鼻もだ。確かに高くはなったけど、形は殆ど変っていなかった。
神様。もう少しだけ、すらっとした鼻筋にしてもらえないでしょか……。だったら口も直したほうがいいんじゃない?薄い唇は幸薄そうだ。
神様。もう少しだけ、唇を厚くセクシーにしてもらえないでしょうか……。いや待て。それならいっそ顔全部をよくしてもらったほうが手っ取り早いんじゃないの?
神様。もう少し私を美人にしてもらえないでしょうか。どうか、お願いします。
最後に一礼してから車に戻り、エンジンをかけた。ふふ。明日が楽しみだ。
気分が高揚していたからだろうか。少しばかりスピードが出ていたようだ。カーブを曲がろうとしたが曲がりきれず、私は沿道の木に正面から突っ込んでしまった。
気がつけばどこかに寝かされていた。目を開けたはずなのに真っ暗で何も見えない。体を動かそうとしても言うことをきかなかった。慌しく行きかう人の気配と、その会話が耳に入ってくる。それを聞くうち、私の置かれている状況がわかってきた。
私は事故を起こした。それは覚えている。でも問題はその後だ。車が突っ込んだ衝撃で折れた木が、フロントガラスを突き破り私の顔面を直撃したそうなのだ。幸い命は助かったものの顔面はぐちゃぐちゃになったらしい。
とんでもないことが起きてしまった。すぐに少神のことが頭をよぎる。私は、大きな願い事をしてしまったのか?私にとって、少しだけ美人になりたいというのは大きな願いだったのか?
でも……。
図らずもその願いは叶いそうだ。
だって、一から好きな顔に作り直すことができるのだから。
スコシン @d-van69
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます