第108話 辺境伯の街の酒場の店主

side 辺境伯の街の酒場の店主


 いきなり客が引きずられていったのには驚いた。硬貨を置く音で眼を向けると、首根っこを掴まれた様な格好で後ろ向きに扉に向かっている男の姿が見えた。あっ金、とテーブルの代金を給仕をしていた者に素早く回収させる。


 俺は厨房の方からすぐには出られないし、こんな時のために荒事の対処を任せる者たちがいる。しかし今回はまだ店に被害もないし、お勘定は済んでいるので俺は構うなと合図を送っておく。


 だがせっかく穏便にはこびそうなのに邪魔が入りやがった。俺は客や給仕のやつらに合図して、スペースを空けさせる。巻き添えは勘弁とばかりに一斉に椅子やテーブルを隅に寄せ、料理を確保したり酒を一気に喉に流し込む客たち。万が一乱闘になってもなるべく被害を抑えたい。と言うか、サッサと出て行け。


 男を取り囲むように、出口への道に立ち塞がるガラの悪そうな連中。それまで見えなかったこの騒ぎを起こした張本人が姿を見せた。えっ、子供。確かに声は幼かったが、本当に7、8歳の子供だった。


 周りを囲まれているのにあまり動揺した様子はない。ちょっと落ち着きすぎじゃないのか。男たちはすぐ気を取り直し飛びかかる。やれやれ始めやがった。しかし乱闘は一瞬でおさまった。


 飛びかかった連中をあっという間に子供は魔法で拘束したのだ。今はもう隠蔽されていないので俺たちにも見える。あの子供は魔法使いなのだろう。マントに隠れた腰にナイフが吊るしてあるが、拘束しているのは体術ではなく黒い縄の様な物で全員を雁字搦めにしている。


 目を白黒させながら男たちは喋ることもできない。1人から7人に増えた虜囚をひとまとめにし、1人の懐から財布を取り出すと子供は店主めがけて金貨を投げてきた。


 店主の手の中に吸い込まれる様に空中を飛ぶ金貨を掴み取ると俺は子供を見た。子供はニヤッと笑うと迷惑料だと言ってそのまま出て行った。もちろん男たちを引きずって。


 ざわつきが戻る店内。ガタガタと椅子やテーブルを戻しながら皆あの子供は何なんだ、とかしましい。


 あの子供からのせっかくの心遣いだ、やれやれ。俺は皆に迷惑料だ、みんな一杯やってくれと声をかけ酒を振る舞う。


 あっという間に去っていった子供のことを考える。男たちに抵抗も許さないあの強さ。周りに気を配る余裕。とても子供とは思えない。しかし何処に行くのだろう。というか、あんな子供この街にいただろうか?


 俺はなんとなく予感がした。この街にまた1人アンタッチャブルが爆誕したんじゃねえかと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る