腐ったカボチャ

普遍物人

腐ったカボチャ

もはや形式化したお経がそこらになり響く。お経が退屈だといつも思っていたが今回ばかりはそう思える余裕がなかった。写真の中で微笑む老婆を見ると、いつか突然現れてくれるのではないかという錯覚さえ生まれる。

「いい人だった。」

と、人々は口を揃えて言う。現代では簡略化しつつあるお葬式も、このお葬式に来た者は皆、そう言いながら悔やんでいた。

何もわかってないなと、その場を静観する私はどこか冷たく思えて、惨めに見えて、私の気分を一層鬱屈にさせる。皆の涙を見ても私はなぜか少しの悲しみも覚えず、涙腺も正常に働かず、その場の空気の中で孤立した私は、気づけばその場から逃げ出していた。




「あら、いらっしゃい。」

 いつも暖かく出迎えてくれた彼女はいつも若々しかった。どんな類いかと言われてもパッと答えることのできない、飲んだはずがないのに懐かしい不思議な風味のお茶に、硬すぎる畳、1人では手に余るような広い家はいつどんな時でも変わらず、そこで空気の時間が止まっているように感じた。私が来ると彼女はパッと笑顔になって、昔からここら辺に住んでいると言って、当時の話を何回もしてきた。ありきたりな話で私がなぜそれを聞いていたのかも、今となってはよく分からない。それだけ彼女の話はつまらなかった。話す内容には彼女が懐かしむための彼女の話題ばかりで、好きな話題だけ話して、自分で満足して、後は何もしなかった。

他にも様々なもてなし、特にお手製の料理もあったが、どれもあまりいい思い出はない。


 彼女の庭にはいつも沢山の野菜が育てられていた。決して整備されたとは言いえないその庭を、その縁側から良く呆然と見つめていたものである。

育つがままのその野菜達の味は察しの通りであった。元々彼女は家庭菜園をする性分でもなく、かといって何かを調べて今の野菜をもっと美味しくなんて、そんな向上心の持った人ではなかった。彼女に聞いてもただ

「なんでかしらねえ。」

と言うだけで、そこから話が発展したことはない。

そんな彼女が作る野菜がうまい訳がない。全体的に泥臭く、実によって出来、不出来も大きく異なり、一貫性がなく形も歪だった。なんとか調理されれば幾分か美味しく思えたが、あれならスーパーの最も安い野菜で作った方がずっと美味しかっただろう。




 家に帰り、喪服を無造作に脱いでジャージに着替える。張り詰めていた空気が緩んだのを感じた後、何気なくテレビをつけて、画面の中で笑っている人を見ればと思った。

「面白くない。」

いつもは面白いあの人も、今日はなんとも感じない。

テレビを消してリモコンを放り投げて、そのまま呆然とした。ただ目の前の白い壁は何も癒してはくれない。心細いか、いや虚しいのか、それすらも分からない。


 陽が傾いたことに気がついた。どれだけ時間を空費したかは分からなかったが、今日はそれを許して欲しいと思う。

時間の流れに気がつくと同時に、空腹にも気づく。何かないかと、私は冷凍庫を力無く開けた。


 最近自炊をするようになった私の冷蔵庫には、今すぐ食べられるような冷凍食品もない。冷蔵庫にあるのは様々な未調理の個体ばかりで足跡に何かができると言うものはない。かといって今日は何か料理に凝ろうとも思えない。いかにも生活感のある音を立てながら冷蔵庫を探すと、作り置きのカボチャの煮付けを見つけた。


 彼女の野菜をなんとかして美味しくしようと、初めた料理。彼女の野菜を引き立てる、なんて器用なことは出来ず、ただその味をかき消すように調味料を入れて、少しだけ味見して、まぁこれぐらいの味なら食べれるだろうと、それを彼女に振る舞って、残り物ははいどうぞと彼女に押し付ける。ありがとねえと言って大事そうに入れる彼女の姿は確かに日に日に縮んでいっていたかもしれない。不味いものを美味しくしようという気狂いじみた行為ももう終わったと考えたら、何か感慨深いものが、いや、何もない。


 ともかく私はそれをレンジにかけた。湯気の上がるカボチャの煮付けは本当に美味しそうに見える。箸を用意し、それを口に運んで少し噛んだ後、私は気がついた。


「不味い。」


 私は思い出した。一度だけ、腐りかけていそうなカボチャを引ったくってみたことを、腐りかけだから、まぁいいかなと思って作り置きを作ったんだった。私は口を押さえて、もう調味料の味しかしないカボチャをもう一度口に運ぶ。

 刹那、私は彼女の風景をみた。あの、取り残された部屋を見た。私は唾液でドロドロになって、もう飲み込むこともできるカボチャを口の中に放っておいて、その部屋を見続ける。飲み込んで仕舞えば、もうそれが消えてなくなるんじゃないかって思いながら、いや、結局寂しかったんじゃないか、とか、自嘲しながら私はその空気を感じる。

 何かが頬をつたる。嗚咽と同時に、カボチャを飲み込む。どんどん風景は滲んでいって、結局現在に溶け込んでしまう。

「あぁ、終わったんだなぁ。」

 私は残りのカボチャを生ゴミに捨てた。

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腐ったカボチャ 普遍物人 @huhenmonohito

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