第7話 WEC 第3戦 スパ

 富士でのレースを終えてベルギーにやってくると、とんでもないことが起きていた。チームの仲間であるニックがフォーミュラEのレースに参戦するため、チームをやめたというのである。前々からニックは耐久よりフォーミュラをやりたいと言っていた。今回、フォーミュラEのドライバーがけがで出場できなくなり、シートがあいたのでニックに声がかかったということだ。チーム副会長の中須賀は昨年の仲間であるミックに声をかけたらしいが、けがが完治していないということで断られたという。チーム代表の小田は苦しんでいた。ただ、他のチームでもフォーミュラEのレースに参戦するダライバーがいて、2人体制でのぞむチームがいる。だが、チャンピオンチームが勝利を捨てるような2人体制にはできない。サーキットの様相がルマンと似ているスパは格好の前哨戦の舞台なのだ。

 そこで、小田は決断した。2人体制でのぞみ、最初と最後を小田が走り、中盤を朱里が担当することにした。だが、心労が激しかったのか、BOPの最低重量がきつかったのか、予選での走りは2人とも芳しくなく、ハイパーポールにすすむトップ8には入れなかった。朱里も連戦で疲れがたまっている。やはり1週はあけたいというのが本音だった。最低重量ハンディは1064kg、ライバルPD社は1037kgである。10kg違うと1周あたり0.2秒違うと言われている。厳しいレースを強いられていた。

 2号車はハイパーポールにすすんだものの、平田は6位にしか入れなかった。1号車はアタックタイムにケメルストレート後のシケインであるレ・コームでオーバーランをしてその前の周回のタイムとなり、予選14位になっていた。だが、トップとの差は0.6秒である。まさに重量ハンディがきいていた。

 土曜日の決勝。いつものスパウェザーとは無縁の晴天である。だが、何があるかわからない。なんせ魔物が棲むサーキットなのだ。

 スタートは混乱なく過ぎたように感じた。だが、2号車がペナルティをとられた。技術的な問題だという。スタート時のモーター出力規定違反だということだ。ドライバーに責任はないが、中須賀は頭を抱えていた。設定ミスである。

 1時間後、最初のピットイン。小田は左タイヤだけ新品に換えて出ていった。順調に順位をあげて8位にまであがっている。

 1時間半経過時、レ・コームでGT3のマシンが衝突し、大破した。その内の1台は2輪のレジェンド・ルッシがのる予定のマシンだ。ピット内では彼の落ち込む姿がTVに映されていた。この時、小田がミスをした。ヴァーチャル・セーフティカー(VSC)が宣告されたが、それに気づくのが遅れ、スピードオーバーしてしまったのだ。小田いわく、前のマシンを抜くことに気をとられ、モニター画面に視線がいくのが遅れたということだ。ふだんは冷静な彼なのに、今回のレースはいつもと違う。

 2時間半経過し、SC解除となり、ドライバー交代である。朱里の出番である。朱里は10位でバトンを受けた。2号車の平田は8位を走っている。2台とも苦戦である。朱里はたんたんと走る。GT3クラスのマシンを抜くことだけが朱里の課せられた仕事となっていた。

 3時間半経過、朱里のピットイン。タイヤは充分にあるので4本とも交換する。コースにもどると12位になっていた。平田は8位を維持している。

 4時間12分経過、ケメルストレートで大事故が起きた。2位のC社のマシンがトップのPD社のマシンに追いつき、ラインを変えた時に右にいたGT3のマシンにひっかかって、そのマシンと共にガードレールに激突したのである。C社は原型をとどめないほどの大破である。デブリがコース上に散乱している。レース運営者はSC導入を決めた。が、結局レース中止のレッドフラッグに変更になり、トップのマシンを先頭にスタート地点に並ぶこととなった。まやもやガードレールが壊れたので、その修理に時間をとられている。ドライバーはマシンを降りて一休みである。

 小田がやってきて、

「朱里、レース再開になったら次のピットインまで走れるか?」

「はい、大丈夫です。まだ2時間はしていませんし、レッドで体を休めましたから」

「最後の1時間はオレが走る。名誉挽回の走りをするからな」

「たよりにしています」

 ということで、朱里は3時間近くを走ることになった。

 1時間半の修理時間を経て、SCカー先導でレースが再開となった。その再開直後、朱里は1台を抜くことができた。これで10位に上がった。平田は7位である。

その後もSC開けで前が詰まっているので、すぐ前に抜く相手がいる。残り30分、タイヤも燃料も気にせず走れるのは朱里は嬉しかった。

 4時間40分経過、ケメルストレートで前のマシンに追いつき、シケインのレコームのブレーキ勝負で勝ち9位に上がる。

 4時間50分経過、第1コーナーのラ・スルスの立ち上がりで1台抜けた。これで8位にアップ。平田の後ろにつくことができた。

 5時間経過、小田に交代。平田はカイルに交代した。カイルは地元ベルギー出身である。私設応援団がフラッグを振っている。

 カイルが小田を引っ張る形になった。

 5時間30分経過、あたりは暗くなってきた。ライトオンである。6位のF社のマシンがコースサイドで停まった。マシントラブルだ。これで2号車が6位、1号車が7位となった。フィニッシュ後、小田が朱里に寄ってきて、

「朱里、後半の走りはよかったぞ。やっぱり、朱里は攻める走りが合うな。次はスーパーフォーミュラだろ。今度はオレと勝負だな」

「この前はビリでした。上に行きたいですね」

「オレはリタイヤだった。お互いがんばろうぜ」

 小田は朱里とは別のチームから参戦している。マシンは同じだからSFではライバルだ。

「でも、その前に時差ボケを直さないと・・」

「今日から日本の時間に合わせないとな、がんばれよ」

 と1週間後のオートポリスのレースに照準を合わせることとなった。

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