恋歌の音
虹のゆきに咲く
序章
桜が舞い降りる季節だった。駅を降り、タクシーへ乗り込む。私は九州のとある、特攻記念館へ足を運ぶことになっている。道脇には特攻兵達の記念像が並んでいた。到着すると、記念館はそう大きくはないが、様々な太平洋戦争の記念資料が飾ってあった。戦争で犠牲になった特攻兵の様々な気持ちが伝わってきて、涙することが多かった。しかし、私はある資料の中で特に印象深いものに目にした。
それは次のとおりであった。
8月2日
海星高女の女学生に歌を捧げる
大君にささげまつりしこの命
今こそ征くべき時にて
海星高女3年生 宮田登美子さんへ
君が代を想う心一筋に後悔はなし
必ずや敵国の艦隊に必中体当たり攻撃すべし
海星高女3年生 上村和美さんへ
御国のために我は征く
いさぎよくあれ
海星高女3年生 川下美佐江さんへ
いざ征く時きたるべき
御国を想う
海星高女 沢田キミさんへ
羽ばたく蝶は後悔を産む
君を忘れず悲しき音が響く
れい
富岡隆志の手記より
私はこの手記を見て不思議な気持ちに襲われた。そして、過去を見たのだ。幼い頃から過去を見る能力が備わっている。それは、おぼろげで断片的だが過去が映像となって私の目の前に現れるのだ。
何だ、この波の音はまた記憶の波の音か……それは遠い過去の記憶かもしれない。どうやら、太平洋戦争の頃のようだ。
「先生、先生、見てください」
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
先生と呼ばれた僕は海星高女の教師を長く勤めており、女学生に国語を教えていた。この学校に赴任して間もなかった。すると一人の女学生があどけない表情で、僕に話しかけてきた。
「富岡先生、私は歌を作りました、ほら、上手でしょ」
「どれどれ、読んでみようか」
「はい、先生」
彼女は川下美佐江さん、私が受け持つ女学生の中でもとても元気な子だ。女学生と言っても、実は僕とそう歳は変わらない。私は22歳と女学生ともそう歳は変わらない。
(蝉が鳴く、鳥が鳴く、私も泣く)
「ほら、上手でしょ」
「そうだね、鳴くと泣くを掛け合わせたのだね」
「はい。これで、国語の試験は100点ね」
「いや、70点くらいかな」
「もう、富岡先生の意地悪」
「でも、どうして、川下さんは泣くと書いたのかな?」
「それは、この町から、私達がお世話をしている特攻兵の方達が御国のために……」
「それは、素晴らしいことじゃないか……」
そういう僕は複雑な気持ちであった。
「でも……」
この町には特攻基地があり、多くの特攻兵達が桜として散っていった。僕は御国のためといえども、感慨深いものがあった。それは、女学生も同じ気持ちだろう。
僕が勤務する海星高等女学校はこの町において、特攻兵の身の回りのお世話をしていたのだった。特攻兵と女学生とは歳も同じくらいであったので、互いに恋愛感情があっても不思議ではなかった。いくら、御国のためといえども、異性への気持ちを抑える事はできないだろうから。川下さんも、そういう想いがあるのかもしれない。
「富岡先生、また、北川さんが泣いています」
「沢田さん、また北川さんは泣いているんだね、どうしてだろう?」
「それが、私もわからないの」
「そうか、後で先生が事情を聞いてみるよ」
「はい」
泣いていたのは北川礼子さんだった。彼女は戦争で両親を亡くしていた。きっとそれが理由なのだろうと思い、僕は北川さんに声をかけた。
「北川さん、どうしたのかな?」
「悲しくて……」
「何が悲しいのかな?」
「人の命の儚さが悲しいのです」
「そうだね、人はいずれは死んでいく」
「どうしてですか……?」
「それはだね……」
僕は何も言い返すことが出来ない事に対して腹立たしさを感じたのだった。
この町が特攻の町だったから、そう思ったのかもしれないが、彼女はとても繊細であったのだ。
過去に映像が残像として僕の脳裏に浮かんだのだった。どうやら、先生というのは富岡隆志と思われる。私がこの地に来た理由は戦前についての勉強会のひとつだった。若手議員の政策研究の一環でもある。まだ25歳と若くしていわゆる二世議員として活動している。
私は当選して間もないが、戦後の日本の在り方について疑問を持っていたこともある。はたして、日本の現状がこのままでいいのか、過去から学べるものはないのか模索していた。そして、東京の家路へと向かったのだった。
「先生、お帰りなさませ。九州の記念館はいかがだったでしょうか?」
「ああ、身にしみるものがあったよ。やはり、今の日本の現状はこれでいいとは思えない」
過去の映像が映し出された。
「富岡先生、あの星はきれいですね」
「そうだね、ひときわ輝いているね。僕もあの星みたいになって……」
「先生、やはり、私を残して行かれるのですか?」
「ああ、この国のためだ」
「行かないでください」
「そういう訳にはいかないんだ」
「嫌です」
富岡と一緒にいたのは女学生だろうか?なぜか、私には女性の姿だけがはっきり見えなかった。それだけが不思議だったのだ。
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