描写の魅力とSF的な想像力が織りなす、とても密度の高い短編です。
この作品には構成や展開などいくつものたくらみがあり楽しいのですが、何よりもまず、読むだけで五感を刺激し心躍らせる表現の力に圧倒されます。
物語の中心は、海辺の小屋で暮らすある夫婦。
ふたりの暮らしは、客観的に見れば贅沢の少ない質素なものかもしれませんが、その語り口は、海とともに暮らす日々の豊かさを十分に伝えてきます。
彼らの見る海は、多様な生命がにぎやかに共存し、神話や物語が自在に召喚される、いきいきとした空間。
まさに作中で形容される「宝石」そのもの。その輝きは日々目の前に広がり、惜しげもなく豊穣な世界を見せてくれます。
そしてこの作品で描かれる海は、日々の暮らしに寄り添うものでありながら、果てしない可能性をたたえたコミュニケーションの場として未知に開かれてもいます。
遠くの見知らぬ誰かへとつながる場所。その射程は想像をこえるほど広いのです。
海が与えてくれた出会いはどこに向かうのか。
そもそも、冒頭から語りかけられる「君」とは、そして語りかける声は誰のものなのか。
物語の愉しみも得られる、満足度の高い作品です。
(「すこしふしぎな海のお話」4選/文=ぽの)