第49話 ミア・キャットレー④

「おいフェル子。どーゆーつもりだ」


 エマちゃんがフェエルに迫る。

 わたしも同じ気持ちだ。

 あれはヤソガミのウサギ。

 ということは、ヤソガミが裏で手を引いている?


「どういうつもり......か。その言葉、エマさんが言うんだ」


「ああ?どういうイミだ」


 エマちゃんがフェエルの胸ぐらを掴む。

 すかさずセリクが割って入る。


「まあまあ。落ちつこうよ」


「おちついてられっかよ!オメーは全部聞いてたのか!?」


「さあ?エマちゃんがミアちゃんを使ってヤソガミくんを嵌めたってことはわかったけど」


「ち、チクんのか?」


「そのあたりのことは、ボク以外の人に決めてもらうのがいいかな」


 セリクは入口のほうを見やった。

 すると扉がガラッと開く。


「え?セリクくんだけじゃなかったの?」


 今度はフェエルが驚いた。


「ユイちゃんが??」


 なんとジークレフ学級委員長までもが倉庫へ入ってきた。

 彼女はフェエルを一瞥してから、わたしとエマちゃんに厳しい視線を浴びせてくる。


「フィッツジェラルドさんとキャットレーさん。私にも詳しくお話を聞かせてくれないかしら?」


 わたしもエマちゃんも押し黙った。

 学級委員長にも全部聞かれちゃったんだろうか。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。

 わたし......嵌められたんだ。

 わたしのせいで、エマちゃんに迷惑をかけちゃったよ!

 マズいよ。

 エマちゃん怒っちゃうよ。

 エマちゃんを怒らせたら、うちのお店が......!


「おいミャーミャー」


 エマちゃんがわたしに焦燥しょうそうの目でささやいてくる。


「オマエが自分で言えよ」


「な、なにを?」


「わたしはヤソガミに襲われましたって」


「で、でも、もうバレちゃってるんだよ?」


「オマエが言い張ればいーだろ?ヤソガミにエロいことされたって」


「そ、そんな、わたし...」


「なんならマジでヤラレて来いよ。ウソで告ったんだ。そんぐらいできんだろ?」


 エマちゃん?

 なにを言ってるの?

 いくらなんでもそんなことできないよ!

 告白して抱きついたのだって、本当はすごくイヤだったのに。

 あれだけでも大切なモノを失った気がした。

 なのに、それ以上のことをやれって言われたって......。


「おいミャーミャー!」


 エマちゃん。

 わたし、もう......ムリだよ!


「あっ!ミャーミャー!テメぇ」


 エマちゃんを押しのけて倉庫を飛び出した。

 どこに行くでもない。

 ただ、逃げたい。

 

「待てコラ!」


 エマちゃんが追いかけてくる。

 無我夢中で走る。

 見る見るうちに学校から遠ざかっていく。


「ミャーミャー!オマエんちの店!どーなってもいーのかよ!?」


「!」


 路地裏に入ったところで思わず立ち止まった。

 

「え、エマちゃん......」


「ミャーミャー!」


 エマちゃんはわたしに追いつくなり肩を引っ掴んでくる。


「忘れてんじゃねえだろーな?あーしのおかげでフィッツジェラルドバンクから融資受けられてるってことを」


「わ、忘れてないよ」


「あんな弱小パン屋にウチは融資しねーんだ。フツーは」


「エマちゃんのおかげだよね?わかってるよ」


「だったら黙ってあーしの言うことだけ聞いてりゃいーんだよ!」


「で、でも、限度があるよ」


「貸しがしされてーのか」


「えっ?」


「融資した資金をってこった。そのイミはわかんだろ」


 そんなことをされたら、うちのパン屋はひとたまりもない。

 貧乏なキャットレー家はたちまちのうちに路頭に迷うことになる。


「なあ。ミャーミャーとあーしはトモダチだろ?あーしだってそんなことしたくねーしさ」


 エマちゃんは冷酷な視線を浴びせてくる。

 言葉とは裏腹に、それは友達を見る目なんかじゃない。

 わたしはおののいて視線をらした。

 とその時。


「やあやあどうもお嬢さん方」


 突然、横から趣味悪いスーツ姿の背の低いおじさんが、ステッキを突きながらわたしたちへ声をかけてきた。

 わたしもエマちゃんも「?」となる。

 サングラスをかけてチョビ髭を生やしたおじさんの顔がニヤッと笑う。


「そちらのお嬢さんは、フィッツジェラルドバンクのお嬢様なのかな?ちょっと会話が聞こえてきてね」


 おじさんはエマちゃんに向かって唐突に訊ねてきた。

 誰だろう?エマちゃんのお父さんの知り合い?


「はあ?アンタだれ?今さあ、取り込み中なんだけど」


「いやいや申し訳ない。で、フィッツジェラルドバンクのお嬢様で?」


「だったらなんだよ?パパに用があんなら会社を通してよ」


 エマちゃんが答えた時、おじさんのサングラスの奥の眼が光った気がした。

 転瞬、後ろから肩をポンポンと叩かれた。

 反射的にクルッと振り向くと、ちょうどわたしの顔に向けて誰かの手がかざされていた。


「〔微睡みソムヌス〕」


 え?これって魔法?

 と思った時は遅かった。

 急激な睡魔に襲われてバランスを崩した。

 わたしに一服盛られた時のヤソガミのように。


「あっ......」


 遠のく意識の中、わたしと同じように崩れていくエマちゃんの姿が、ボヤけていくわたしの視界に映っていた。

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