第44話 ヤソミ

「チョーシ乗ってんじゃねえぞ!ザコフェル子がぁ!」


 フェエルが壁にドンッと激しく突き飛ばされ、そのまま尻餅をついた。


「ヤソガミがいなきゃテメーはただのザコなんだよ!」


 トッパーはフェエルをいたぶるように蹴りつけながらひたすら罵倒する。

 はらわたが煮えくり返る光景。

 許せない。

 けど、今の俺は小柄な女の子。

 マイヤーにつかまれ、何もできない。

 いっそのこと魔法を解くか?

 そうすればヤツらに攻撃魔法で報復できる。


「ヤソミちゃん!ぼ、ぼくは大丈夫だから!」


 そんな俺の心を察するようにフェエルが叫んだ。

 その目が言っている。

 ここで変身を解いたら、寮を抜け出したのがバレて、コイツらにとって有利な材料を与えてしまうと。

 俺はくっと唇を噛んだ。


「まだカッコつけんのかテメーは」


 トッパーの眼が一段と危険に座った。

 必死に女子を護ろうとするフェエルのヒーローのような立ち振る舞いが、トッパーのひねくれた怒りの火に油を注いでしまったのか。

 トッパーはフェエルに手をかざして何かをやろうとする。


「ザコフェル子。今日はマジで殺すわ」


「えっ??」


「今までは加減してやってたが、それはもうナシだ」


「な、なにするの?」


「おれにアルマはねえが、詠唱すれば問題ねえ」


「!!」


「炎よ。我が力となり、の者を燃やし尽くせ。〔フィアーマ〕」


 トッパーのてのひらからボォォォッと真っ赤な炎が発生する。

 フェエルの瞳に赤い光が反射する。

 

「死ねやザコがぁ!」


 ゴォォォッ!

 無防備なフェエルに向かって理不尽に炎が放たれる。

 まさにその刹那。

 

「えっ......」


 いつの間にかマイヤーを振り解き、ふわりと浮いていた俺からスッと伸びた足が、トッパーの側頭部を見事にとらえていた。


 ドガァァァッ!


 勢いよく吹っ飛んだトッパーはもんどり打ってザザーッと地面に倒れこんだ。


「あ、あ、あ......」


 白目をいてぴくぴくと地に沈むトッパー。

 ......お、俺がやったんだよな。

 ただただ無我夢中だったけど、この身体能力は一体なんなんだ?


「て、テメーは、何者だ!?」


 マイヤーがびくびくと後ずさった。

 なにより俺自身が状況を理解していないが、ここはチャンス。


「あたしを怒らせたら......こんなもんじゃないぞ?」


 俺はぬらりと不気味に相手を恫喝どうかつするように眼をギラつかせた。

 途端にマイヤーの顔面がサーッと恐怖の色に染まる。


「ふ、ふ、ふふふフザケんなぁ!!」


 効果がありすぎたのか、マイヤーは冷や汗を噴きだして懐からナイフを抜いた。


「こ、こ、こ、殺してやる!!」


 マイヤーは戦慄せんりつのあまり正気を失っているかのように見える。

 これは、コイツもぶちのめすしかない。

 ......あれ?俺ってこんなに荒々しかったか?

 そう思った時。


「それ以上はもうやめときなって」


 突如、誰かの声が聞こえてきたと思ったら、スッと横から制服姿の男子が現れる。


「やあ、マイヤーとフェエルくん」


 それはクラスメイトのイケメン男子、セリク・クレイトン。

 相変わらず穏やかにニコニコとしている。


「セリクくん!?」


 びっくりするフェエルにセリクは歩み寄ると、手を差し出した。

 フェエルは彼の手を取り立ち上がった。


「あ、ありがとう。え、ええと、なんでここに?」


この辺を歩いていたらキミらを見かけてね」


「おいセリク!邪魔すんじゃねえ!」


 マイヤーがセリクに凄む。


「テメーには関係ねえだろ!」


「トッパーは一方的な喧嘩でフェエルくんに魔法を使用。マイヤーは苦し紛れの喧嘩で女子に刃物を使用。目撃者はボク。これで間違いないかな?」


「て、テメー!」


「じゃあもうひとつ加えようか?ボクが魔法媒介装置アルマを使った炎魔法でマイヤーを焼却ってね」


「!!」


「なーんてジョーダンだよ。さあ、ボク以外の目撃者が出ないうちにトッパーを連れてさっさと行きなよ」


 マイヤーはしばらくセリクを睨みつける。

 だが、次第に正気を取り戻したのか、やがてナイフをしまってきびすを返した。


「くっ!クソッ!」


 マイヤーはトッパーを引きずって退散していった。

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