第35話 違和感

 *


 翌日。

 ミアが登校してきた。

 まだホームルーム前。


「お、おはよう!ヤソガミくん!フェエルくん!」


 ミアはやけに元気だった。

 昨日彼女を見かけてしまったこともあり、俺とフェエルは思わず視線を交わし合って、暗黙の内にそのことには触れないと決めた。


「おはよう、ミア」

「ミアちゃんおはよう」


 ミアはにっこりと微笑んでから、俺の隣の席へ腰をおろした。


「にゃはは」


「ミア?なんかやけにご機嫌だな」


「そ、そうかな?」


「あと、やけに近くないか?」


 ミアはあと少しで肩が振れるくらいの距離まで詰めてきていた。

 正直、ちょっと緊張する。

 なんせミアは可愛い。

 それはルームメイトの変態...もとい、ライマスも鼻息を荒くしていたほど。

 

「だ、だめ?」


 ミアが上目遣いで確かめるように訊いてきた。


「いや、ダメではないけど...」


「じゃあ、いいよね?」


「あ、う、うん」


 断れるわけない。


「えへへ」


 ミアの嬉しそうにはにかむ顔はとても可愛く、俺はドキッとせずにいられない

 とその時。

 不意に反対側の腕をぎゅっとつねられた。

 

「いてっ!」


 振り向くと、フェエルがぷくぅっと頬を膨らませている。


「ヤーソーみーん。鼻のした、伸びてる」


「そ、そんなことは」


「ふーん。べつにいいけど」


 美少年はムスッとしていた。

 ......ひょっとしてフェエルさん、スネているんですか?

 もしかして、妬いていらっしゃるんですか??

 え、なにこれ。

 まさか、俺......モテ期キタ??


「オイ小僧。何をダラシナイ顔をしておる」


 浮かれたそばから机上の白兎にツッコまれた。

 

「いや、ダラシナイのは生まれつきか」


「そ、そんなことない。俺はこれでも神社の息子だ」


「ま、気持ちはわからなくはないぞ。一年中発情しているのは人間と兎だけじゃからな。まぐわいたくなるのも仕方ないことじゃ」


「おおオイ!こんな所でまぐわうとか言うな!」


 イナバのヤツいきなり何を言ってるんだ!

 まぐわうなんて言葉、ちゃんと聞いたのは古事記を読んで以来かもしれないぞ?

 たしか伊邪那岐イザナキ伊邪那美イザナミによる『みとのまぐはひ(性交)』の儀式が行われ、国生くにうみが始まるんだったよな。

 なんて考えていると......


「ねえヤソみん。まぐわうってなに?」


 横からフェエルにピンポイントで拾われたくないワードを拾われた。

 なんでそこ拾っちゃうかな!


「ええと、それは......」


 答えに窮する。

 隣には女子のミアもいるんだぞ?


「なんというか、その......」


 言いよどむ俺の気も知らず、イナバが躊躇ちゅうちょなく口をひらく。


「交接のことじゃ」


「もうやめろ!イナバ!」


「ふんっ。所詮は小僧も草食系か。若者がそんなんだから少子化が進むんじゃ」


「なんのハナシだよ!」


 などとやり取りをしていたら、ふとミアが興味深そうに口を挟んできた。


「き、聞いてはいたけど、本当にウサギがしゃべるんだね......」


「何を言うておる。お主はケモノ娘じゃろ?ならお主もケモノが喋ってるようなもんじゃろ」


「け、ケモノって......本物の獣に言われても」


「誰が獣じゃ!オイラは神使じゃ!」


「ご、ごめんなさい!」


「おいイナバ」」


 思わず俺は注意する。


「お前もミアにケモノって言ったこと謝れ」


「ヤソガミくん!べつにわたしはいいよ!」


「なにがイイって〜??」


 ちょうどミアが大きな声を上げたタイミングで、ギャルたちが教室に入ってきた。

 さっそくエマがニヤつきながら近寄ってくる。


「アナタにならナニされてもイイってぇ?キャー!アツイー!」


 ギャルたちはキャハハハーッと愉快に笑った。

 しかしエマはすぐ自重じちょうするように笑いをぐっと抑えこみ、申し訳なさそうな顔を浮かべる。


「ゴメンね。あーしはミャーミャーのこと、おーえんしてるからね」


 そう言ってエマはツレを引っぱり壁際の奥へと去っていった。

 当のミアは、なんとも言えない微笑をにじませている。

 なんだろう?この感じ。

 なにか違和感がある。

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