第32話 魔術演習②

「ではキャットレーさん。お願いします」

 

 次にハウ先生はミアを当てた。

 

「はい」


 彼女は前に出ていくと、意外な刃物を右手に携えた。

 

「あれって、パン切り包丁か?」


 俺の疑問にフェエルが頷く。


「そうだよ。ミアちゃんのお家はパン屋さんなんだ」


 ミアはふーっと息を吐き、ブーメランを投げるような構えを見せる。

 そのまま一息の溜めを作って...シュッと斜めに包丁を振り下ろした。


「〔ひとひらのそよ風ウェントゥスレーニス〕」


 転瞬、教室にブワァッと一陣の風がはしり抜ける。

 が、それだけだった。


「い、以上です」


 ミアは先生のコメントも待たず逃げるように退がった。

 先生が何かを口にしようとするなり、

「わたしは大丈夫です!次に進んでください!」

 ぶんぶんと手を振って遠慮した。


「そうですか」


 先生が間を置いてから次の生徒へ振ろうとした時。

 意外なことが起こる。


「ハーウせんせ〜。あーしがやってイイっすかぁ」


 なんと、ギャルお嬢のエマが手をあげて前に出てきたのだ。


「あーしもアルマ持ってるしぃ?」


 彼女はおもむろに懐から折りたたみ式の手鏡を出す。

 それを見せびらかしながら、

「ねぇーセンセ~〜」

 と先生にねだる。


「......わかりました。ではフィッツジェラルドさん、お願いします」


 先生は相変わらずの無表情で了承。

 

「貴女の魔術を視るのは久しぶりですね」


「視るとかエロ〜い。セクハラで訴えるしぃ」


 へらず口を叩きながら太々しく前に出るエマ。

 その様子を眺めながら俺はひとつ気になる。


「なあフェエル。フィッツジェラルド嬢も魔法使えんのか」


「もちろん使えるよ。でも...」


 フェエルがミアに視線を転じた。


「エマさんが魔術演習にちゃんと参加するのっていつぶりだろう?」


「でもエマちゃん、普段はわりと使っているんだけどね」


 ミアが不思議そうにエマを見つめていると、不意にエマが俺たち三人へ向けて鏡を開く。


「〔記録レコード〕」


 一瞬、ピカッと鏡から白光が瞬いた。

 エマはにやりと笑っていったん鏡をぱたんと閉じ、すぐにパカッと開いて前にかざす。


「〔公開リリース〕」


 再び発光する鏡。

 しかし今度は別の現象が起きる。

 鏡は、何もない空間に、俺とフェエルとミアの三人の実寸サイズの鮮明な映像を投写した。


「これがエマちゃんの鏡魔法だよ。魔法で鏡に収めた映像を、魔法で鏡から映し出すんだ。すごいよね?魔法大国オリエンスでもかなりめずらしい能力なんだって」


 というのがミアの簡単な説明。

 要するに、カメラとプロジェクターを合わせたような魔術ってことだな。

 しかも投写する映像が実寸な上おそろしく解像度が高い。

 一瞬、実物と見間違うぐらいだ。

 ただの生意気なギャルお嬢かと思っていたけど、なんだかんだ言って魔法学園の生徒なんだな。


「もういっかなぁ〜?」


 エマは先生の返事を待つことなく鏡をパタンと閉じた。

 同時に映像がパッと消える。


「フィッツジェラルドさんの鏡魔法は...」

 と先生が言いかけると、

「そういうのいらねーし」

 エマはそれをさえぎって窓際の奥へさっさと引き返していった。


「ちょっとびっくりしたな」


 俺は素直に感心してしまった。

 

「腐っても魔術師の卵なんだな」


「腐ってもって、それは失礼だよヤソみん」


 フェエルに肘で小突かれた。

 それから......。

 他の生徒たちも次々と魔法を披露していった。

 今さらだけど、俺は魔法学園に入学したんだなぁ、と実感した。

 結局、壁際の奥の不良どもはやっぱり参加してこなかったが。

 アイツらは一体どうなりたいんだろうか。

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