第19話 フェエル・ポラン

 *


 歴史ある大学のような食堂では、良質な食事が無料で提供されていた。

 リュケイオン魔法学園は国立の学校。

 その予算の大元は税金だろうから、国家政策として魔術師の卵たちは大切にされているってことなのかな。


「食べ放題ではないけど、あそこのカウンターから指定内のメニューを自由に注文できるよ」


 ポランくんの案内を受けながら注文した料理のぜんを受け取り、ふたりで席に着いた。

 

「食べ終わったら、学内を案内するね」


 ポランくんがやさしく微笑んだ。

 かわいい......じゃない!


「ところで、その、ヤソガミくんってさ...」


 ポランくんが料理を口に運びながら何かを切り出してきた。


「あのジェットレディにスカウトされて特待生になったって、ほ、本当なの?」


「そうだよ」


「す、スゴイ!スゴイよ!」


「確かにジェットさんってスゴイ人だよな」


「ちがうよ!ヤソガミくんがだよ!?」


「俺??」


「そうだよ!だって......」


 ポランくんは目を輝かせて、ジェットレディのこと、リュケイオン魔法学園の特待生になることの凄さを切切せつせつと語った。


「......だからヤソガミくんは、ゆくゆくは将来のダイヤモンドクラスの国家魔術師レース・マグスとして期待されていると言っても過言ではないんだよ」


「そ、そうなのかな??」


「そうだよ!」


 ポランくんは両手をグッと握り、俺を見つめるその目はキラキラしている。

 まるで憧れの人でも見るかのように。


「......でも、なんでだろう?」


 ふとなぜかポランくんは首をかしげた。

 

「どうかした?」


「いや、そんな凄いヤソガミくんが、なんで特異クラスなのかなって......」


「どういう意味?」


「ええと、その......」


 ポランくんが何かを言いにくそうに口ごもると、

「おれたちが教えてやるよ」

 見計みはからったように二人のガラの悪い男子生徒がニヤけながら近寄ってきた。

 こいつらは......壁際の奥にいた不良っぽい連中だ。


「よお〜ザコフェル子ちゃ〜ん」


 ひとりが人をバカにした口調で絡んできた。


「や、やあ。トッパーくん、マイヤーくん」


 ポランくんはびくびくしながら引きつった笑顔を作る。


「な、なにかな......?」


「なにかな?じゃねえよ。ザコフェル。オマエなんかどうでもいいわ」


「あ、あの、えっと...」


「よお。特待生のヤソガミく~ん」


 トッパーという生徒の視線が俺に向いた。


「話は聞いたぜ?あのジェットレディのお気に入りだってなぁ」


「別に、お気に入りってわけでもないと思うけど」


「じゃあオマエ、天下のジェットレディ様とどんな関係なんだよ?」


「どんな関係、と言われても...」


 正直、困る。

 実際どんな関係なんだ?

 とりあえずハッキリと言えることは......


「身元保証人?」


 これは事実だ。

 国家魔術師であるジェットレディが俺の身元保証人になることで、様々な手続上の問題をクリアできたのだ。


「はあ?なんだそれ?意味がわかんねえわ」


 トッパーの顔が苛立ったものになる。


「オマエ、ジェットレディのお気に入り特待生だからって、あんまり調子に乗るんじゃねえぞ」


「だから特別お気に入りってわけじゃないし、特待生だからってべつに...」


「イイこと教えてやろーか?てゆーかそのために調子コイてるオマエのとこに来てやったんだわ」


 いきなりなんだコイツ。

 勝手に人を調子コイてるとか決めつけてきて。

 感じ悪いな。


「オマエが入った特異クラス。それがどんなクラスかってハナシだよ」


「......どんなクラスなんだ?」


「不良クラスだよ」


「は??」


「コイツは放ったらかしとくと社会的にマズイからとりあえずリュケイオンの特異クラスに引き取った、てのがジェットレディと学園の本音じゃねえの?それがオマエだよ。ヤソガミ」


 トッパーは悪意たっぷりに吐き棄てた。

 

「ノラネコ拾った程度の慈善活動ってとこだろ?なあ?ハッハッハァ!」


 トッパーとマイヤーはげらげらと嘲笑ちょうしょうの声を上げた。

 俺は腹が立つよりも大きな不安を抱いた。

 ジェットレディがそんな考えで俺をリュケイオン魔法学園に連れてきていたとしたら......。

 

「そ、そそそそんなことはないよ!」


 ポランくんが声を震わせながらガタッと立ち上がった。


「き、きっと、ジェットレディにも学校にも、な、なにか考えがあるんだ!ジェットレディは全国で目をかけた若手の魔術師をバックアップしてるって聞いたことがある。ヤソガミくんのことも、本当にヤソガミくんのことを思って...」


「おいザコフェル子」


 トッパーとマイヤーの眼が冷たく座る。


「ザコフェルの分際でおれたちに向かってご高説こうせつタレてんじゃねえよ。オマエは不良クラスの不良品だろうが」


「ご、ごめん......」


「ゴメンで済むなら警察はいらねえんだよ」


 トッパーがポランくんを荒っぽくドンと突き飛ばした。


「ザコフェル。おれたちのメシを注文して持ってこい」


「で、でも、今は学級委員長に頼まれてヤソガミくんを案内していて......」


「ああ??他人のせいにしてんじゃねえよ。ダッセーな」


「ご、ごめん......」


「相変わらず謝ってばっかでイラつくわオマエ。それでも男かよ。いつもナヨナヨしやがってマジキモいわ」


「ごめんなさい......」


「チッ。おれたちはあっちに座ってっからな。ソッコーで行ってこい」


 トッパーとマイヤーはポケットに手を突っ込みながらずんずんと別の席に移動していった。

 ポランくんはうつむいたままきびすを返すと、

「ヤソガミくん。ごめん......」

 ボソッと言い残して足早に注文カウンターへ行ってしまった。


「ポランくん......」


 今のやり取りでわかった。

 フェエル・ポランという生徒が置かれている立場と状況が。

 下手したらクラス中からハブられているのかもしれない。

 今になって思えば、美少女学級委員長のポランくんに対する態度も冷たかった。


「嫌なものを見たな......」


 一気にメシが不味くなった。

 特異クラスが本当に不良クラスなのかどうかはわからない。

 あの学級委員長やポランくんは不良とはかけ離れているし。

 いや、そんなことじゃない。

 メシを不味くさせたのは、目の前で行われた胸糞悪い光景のせいだ......。


 結局、休憩時間中ポランくんは何かと彼らに言いつけられて、俺のもとには戻って来なかった。

 彼の昼食の膳には、まだ半分以上も食べ物が残っていた。



※イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/nemon13/news/16818093073266310916

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