第13話 出発

 *



「しかし、もう行ってしまわれるのですか」


 本島へ折り返す小型客船に乗り込む俺たちを見送りにきた村長が残念そうに言った。


「旅立ちも伝承通りですが......もう少しゆっくりされては」


「善は急げじゃ!こんなド田舎の島にいても心身ともにナマるだけじゃしな!」


「おいイナバ!そんな言いかたないだろ!」


 思わず俺はイナバの失礼な物言いをいさめた。

 だけど村長は穏やかに微笑んで見せてから、

「イナバ様。ヤソガミ殿。貴方がたは我々を守ってくれた英雄です。このご恩、決して忘れませぬ」

 引き連れてきた島民たちとともに深々と頭を下げた。


「そそそんな!頭を上げてください!俺は大して役に立っていませんよ!?実際に守ったのはジェットさんだし!」


 俺はあわあわと恐縮しまくってジェットさんに助けを求めた。

 ところがジェットさんは戸惑う俺を面白がるようにクスクスと笑うのみ。


「ジェット様!本当にありがとうございました!」


 そんなジェットさんに村長が改めて謝意を示すと、


「いいっていいって。アタシは自分の仕事をしただけだ。あとは後任の国家魔術師レース・マグスがしっかり島を守ってくれるだろう」


 ジェットさんは新たに島へ赴任した国家魔術師へ目配せした。

  

「あとはお任せください!」


 後任の国家魔術師がシャキッと返事した。



 まもなく船が出航する。



 島が遠ざかっていく。

 気がつけば辺りの景色は空と海だけ。

 島同様、綺麗な景色だ。

 デッキからこうやって空と海を眺めていると、自分のいる世界がどこなのかわからなくなる。

 空の青さも海の青さも、自分がいた日本とさして変わらない。


「なにを考えておるんじゃ?」


 俺の頭に乗ったイナバがふいに訊いてくる。


「今さら不安か?」


「いや、べつになんでもないよ」


「しかし小型の客船で質素じゃが思ったよりもしっかりしておるな。本島の港へも一時間ぐらいで着くらしい。まあまあの船じゃ」


「まあまあって......なんでいちいち上から目線なんだよ」


「ふんっ。オイラは神使の白兎じゃからな。上からなのは当然じゃ」


 イナバは相変わらず偉そうだ。

 でも、イナバがそばにいると不思議と落ち着く気がする。

 まだ知り合って間もないのに。

 なぜだろう?

 俺が大国主神オオクニヌシを祀る神社の息子で、イナバが因幡いなば白兎しろうさぎだからかな。

 でもイナバって、名前がそうなだけで因幡の白兎とは違うのかな?

 実際、古事記のそれとはだいぶ違うし。

 ......なんて考えていると、ふと潮の匂いに混じった美女の香りに気づく。


「ジェットさん?」


 香りの正体はジェットさんだった。


「ヤソガミくん。学園都市に行ったことはあるか?」


「学園都市...ですか?い、行ったことないですけど」


「学園都市は、ご存知のとおりオリエンスで一番発展している地域だ」


「はい」


「魔術師の集まるところに文明あり。文明あるところに魔術師あり。なんて言葉が現代の常識としてあるぐらいだからな〜」


「は、はい」


「ということで、ヤソガミくん」


「はい?」


 はいとしか返事ができない俺に向かってジェットさんは快活にニカッと笑い、俺の背中をバンと叩いた。


「リュケイオンで、思いっきり楽しんでこい!」

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