第26話/カーバンクルの巣窟
「今から向かう場所はドワーフの国の第六鉱山カーバンクルの巣窟。カーバンクルは知ってる?」
「まぁ……額に宝石を付けた魔物ですね」
「そう。で今日は白かつ無属性のカーバンクルを見つけて、その宝石を使うの」
カーバンクル。別名生きる万年宝石と呼ばれる魔物で、千年前はおろか二千年、三千年……この世界が誕生したその日から存在しているという魔物だ。
カーバンクルは長い耳が特徴的な兎のような見た目をしており、体色こそどれも同じだが額の宝石のみ個体ごとに違う。
またカーバンクルは魔法を使う魔物でもあり、額の宝石により使用する魔法が異なる。ちなみに白のカーバンクルは光か無属性の二種類が存在し、見分ける方法は使用する魔法のみである。
ただ問題なのが、カーバンクルは友好的な魔物。かつ宝石は基本的にカーバンクルを殺める必要がある。捕獲でも取ることはできるが、いかんせん捕獲したそばから暴れてしまい宝石に傷が付いて使えなくなるため推奨されていない。更には異常状態魔法耐性もあるため魔法による拘束もほぼ不可能とされている。
そのためあってか、凶暴ではないのにカーバンクルの狩猟は一体に対して最低三人の冒険者を要する魔物と言われている強敵だ。
また現在三人がそれに挑もうとしているが、シルヴィは魔物を傷つけるのを拒み、ルーシャは隠しているが魔族であり協力するかと言われればしない。
つまるところ捕獲だとしても討伐だとしてもカラットだけでの挑戦となる。その旨をシルヴィが伝えると案の定唖然として固まっていた。だが同時に何かが確信に変わったような顔色を浮かべて。
「はは……道理で聞き覚えのある名前だと思ったよ……魔物や魔族を大切にしようとする人なんてまず君だけだからもしかしてとは思ってたけど」
「え?」
「私の事わかってないね。まぁ仕方ないか。でもまさか君も転生してるなんてね。これぞ運命ってやつ?」
「……えぇ? 本当に誰……?」
心当たりのある人物の面影があるとしてもカラットの正体なんて分からない。知ることすらなく、知ろうともしていなかったため尚更誰であるのかは理解できていない。それでも分かるのはお互い面識があるはずの人物ということ。
そこで今一度数少ないドワーフの知り合いを思い出す。
少女の中で一番心当たりがあるのはやはりダイヤだった。それ以外の人物はドワーフの特徴とも言える身長とこんがりとした肌以外、カラットの印象に当てはまらなかったのだ。
「もしかして……ダイヤ?」
「思い出してくれたみたいだね! でも人いるところではその名前隠してね」
シルヴィの口から自身の真名が零れ嬉しそうな顔色を浮かべるカラット。隠して欲しいと言われて直ぐに千年と同じくお忍びで来ているのだと悟る。
ただそのことはカラットを護る騎士たちは知らず、ドワーフの民も彼女がダイヤであることは知らない。
当時は直ぐにバレて連れ戻されては家出してを繰り返していたが、今は彼女が着用している認識阻害のフードローブがあるためここまでバレずに来れたのだろう。
だとしても一国の皇女が本来いるべき場所に居ないのは事実。城では恐らく大慌てで探しているはずだ。
「まぁ隠すけど……でも帰らなくていいの? 心配されてるんじゃ」
「あーないない。前世の時は諦めないで追っかけて捕まえては説教って感じで口うるさかったけど、今の父親は諦めたみたい。だから街の中もそんなに兵士いなかったでしょ?」
「言われてみれば確かに」
「今は昔と違って人員も少ない。だから一国の皇女がこんなことをしていても迎えには来ないんだ。まあその方が私のやりたいことができるからいいんだけど」
ドワーフの国に入ったときは確かに兵士は慌ただしくしていない様子で、かつ人探しもしておらず兵士自体も少なかった。まるでいなくなった皇女など気にもしていないような状態で、改めて考えてみれば自分の子を心配せずに探しもしないとはおかしな話である。しかし完全に心配されていないわけではない。というのもドワーフの国はいなくなった皇女よりも、増えすぎたオイルスライムの対処に追われており人探しするほどの人員がいないのだ。それを知っているからこそ人目を盗んで抜け出してカラットという偽名を使ってしたいことをしているのである。
「さてと、私の話はここまでにしておいて……その剣の素材を集めなきゃだね」
「でもカーバンクルを討伐は」
「しないよ? 気が引けると思うけど、漁るのはカーバンクルの死骸だから。この時期になるとカーバンクルは跡継ぎを残そうと同族同士争う。そこで負けると死ぬんだ」
大体洞窟の奥の方にあると言いながらカラットは歩みを進める。奥に進むほど独特な鼻を突く腐敗臭が感じ取れる。カラットの言う通り死骸がそこにある証拠としては十分だ。けれど、腐敗臭には流石に慣れていないため身体の奥から気持ちの悪い何かがこみ上げてくる感覚がシルヴィとルーシャを襲う。
いやシルヴィに限っては慣れている慣れていないの問題ではなく魔王と戦った際の惨状がフラッシュバックしていたのだ。鮮明にはっきりと。腕に抱いた仲間の力の抜けた顔を。血塗れになった戦場を。
――仲間たちの
シルヴィはそのまま込み上げてきたものを吐き出した。
学校を離れてから忙しく今まで食事をしていないせいで、吐き出したのは胃液のみ。だからかまだまだ奥底に溜まる不快感は拭えない。
「ふ、二人とも大丈夫!?」
「わ、私は大丈夫……ですが……シルヴィさんは……」
二人が心配しているが言葉を返すことができない彼女は、これ以上ここに留まれないと本能的に外へと飛び出していた。
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