第5話 チート野郎死すべし慈悲はない

 気になっていたキャロリーヌに詰られた、武志たけし

 それも、教室の満座で。


 彼は丸潰れになったメンツを回復しつつ、キャロリーヌと良い雰囲気の和真かずまを凹ませるべく、彼の得意分野であるヘビーキャルを選んだ。


 PS(パワードスーツ)の適性がゼロである和真。

 彼の心の支えを叩き潰し、誰よりも下と自覚させるためだ。


「ハハハ……。こりゃ、楽ちんだ!」


 武志は、狭いコックピットで優雅に座ったまま。

 高Gに顔をしかめるものの、和真のような操縦をせず。


 だが、15mの巨大ロボットを模したコックピットには、針の穴を通すような射撃やビームサーベルの斬撃が映し出される。


「あの『平良たいら和真』のデータが手に入るとは……。お前の相手は、かつて人類を救った英雄さまだ! それでも、俺の勝ちには違いないぞ? へッ!」


 中学生らしい、感情的な行為。


 武志にバレる心配はなく、万能感に酔っていた。



 PS全盛期の今となっては、ヘビーキャルは単なる講習。

 それゆえ、本来なら極秘のデータも、ネットワークに転がっていたのだ。


 とはいえ、アングラには違いない。

 神格化されているエースを顎で使えば、それを知った人間はよく思わず。


 当然ながら、中学生の武志に、そこまでの意識はない。


 この決闘に勝利したことで想い人のキャロリーヌに惚れられ、目障りな和真が何も言えずにクラスで黙っている光景をイメージするだけ。


 電子音が鳴り響き、武志は我に返った。


「お? もう終わったか! さてさて、スコアは……げっ!? あいつの勝ちかよ?  ハーッ! 所詮は、ネットの闇データか」


 シートベルトを外しつつ、さっきの約束は反故にするか、と結論を出した。


 球体のシミュレーターから出た後にも、地面の感覚がふわふわする。




 見学していたキャロリーヌは、対戦していた男子2人を見る。


 疲れた様子だが、落ち着いている和真。


 それを見た武志は、まくし立てる。


「お前の得意分野で健闘したんだ! 次は、負けねーからな?」


 大声で恫喝した武志は、相手の反論を待たず、こそこそと逃げ出した。


 自分のほうを見ないままの醜態に、キャロリーヌはため息を吐く。


「はあっ……」


 チラッと和真を見るも、彼は何も言わない。


 代わりのように、赤毛の可愛らしい女子が言う。


「約束は、ちゃんと守らせないとね……」


 笑顔のアリスは、怖い。


 そう思ったキャロリーヌは、深く突っ込まず。

 

 ただ、ポツリとつぶやく。


「武志くん。あの中の会話が丸聞こえだと、分かっているのかな?」


 振り向いたアリスは、事もなげに言う。


「あの手の輩が、そこまで考えるわけない! 自分が必ず勝つと信じているからこそのマイクパフォーマンスだし」


「ま、そうですね……」



 ◇



 好きな女子の前で、また大恥をかいた武志。


 男子中学生にとって、屈辱的だ。


「ちくしょう……」


 涙目で足早に歩きつつ、リベンジを考えるも――


「おお、武志か! ちょうど良かった。お前の進路について話がある」


 進路指導の先生に呼び止められ、しぶしぶ個室へ。


 殺風景な場所で、向き合って座る。


 ニコニコしている先生は、気持ち悪いほど上機嫌だ。


「いや、お前がそこまでニューアースの発展を考えていたとは……」


 冷や汗をかいた武志は、慌てて尋ねる。


「な、何の話ですか!?」


「お前が来週からの開拓に行く話さ」


 その瞬間に、武志は全身から汗をかいた。


 フロンティアとは、この惑星で未開拓エリアの総称だ。

 かつての地球で、掘っ立て小屋に暮らし、硬い大地を耕していた開拓と同じ。

 そこへ行けば、快適で文明的な生活とはオサラバ!


「お、俺はそんなこと――」

「フロンティアにも、中学や高校はある! まあ、開拓用のスキルに偏っているし、女っ気はないが……」


 先ほどまでの怒りを忘れた武志は、急いで叫ぶ。


「そ、それなら、PSを使えない和真のほうが……」


 けれど、向かいに座る先生のプレッシャーで、黙り込む。


「なあ、武志? 俺は、教え子が殺害されるのは嫌だ」

「は!?」


 いきなりの脅しで、武志は絶句した。


 進路指導の先生は、並べた長机の上で肘をつく。


「さっきのシミュレーター。内部の音声が流れていたんだよ、全校中に……」

「え?」


 まさかの事態で、武志の頭は真っ白に。


 アリスの仕業だが、彼に知る機会は与えられない。


「お、俺、別に――」

「言い訳はいらん! これだけ多くの人間が聞いたうえ、あの『平良和真』を扱き使う行為……。俺も気分が悪いし、彼の信奉者、かつての戦友だった系譜が耳にすれば、お前は殺されるぞ?」


 ヒッ! と息を呑んだ武志は、何も言えない。

 

 いっぽう、進路指導の先生は優しく諭す。


「だからな? 懲罰としてのフロンティア行きだ……。なあ、武志? どうして、こんな真似をした?」


 泣き出した武志は、涙ながらに言う。


「だって、あいつが……。和真がキャロと仲良くて……」


 嘆息した先生は、首を横に振った。


「シミュレーションで対決しただけなら、たいした事じゃなかったが……。ともかく、お前は和真との約束を守り、キャロリーヌと会わず、通信もするな! 今のうちに身辺整理をしておけよ? 持っていける私物は少量だ」


 言い終わった先生は、パイプ椅子から立ち上がり、個室から出ていく。



 次の週を待たず、武志はクラスから姿を消した。

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