第二章 陰キャ学生と学校のアイドル

視線

 お腹がぐぅー、ぐぅーと鳴り響く。

 そんな朝に走って学校にやってきた僕は教室の扉を開ける。

 それによって、一瞬だけクラスメートたちからの視線を集める……ここまではいつも通り。

 だが、ここからはいつも通りではなかった。


「うぅ……」


 うちのクラスで神薙さんの配信を見ていない人間はいない。

 当然のようにクラスの全員が昨日の神薙さんの配信を見ており、僕が神薙さんとダンジョン内で行ったあれこれも知っていることだろう。

 僕が助けたことも、魔物を使役しているところも、神薙さんにキスをしてしまったことも。

 なので、当然のように僕の方へと集まってくるクラスメートたちの視線は直ぐに散ることはなく向けられ続ける。

 僕がこそこそと自分の席に向かう間も視線は途切れることはない。


「……こっちに来るなよ」


「……なんで来た」


「……僕の席だからだよ」


 ちゃんと、僕の席にはいつものように和人と秋斗の二人が待っていてくれた。

 普段は決して視線を集めることはない僕たち陰キャグループ三人へとクラスメート全体

 いや、それだけじゃない。

 うちのクラスの人間だけではなく、他クラス、他学年の人間もこのクラスに集まって固唾を飲んでこちらへと注視している。


「お、お前……いつの間にダンジョンなんてものに潜っていたんだよ!俺たちも全然知らなかったぞ!」


「そ、そうだよなぁ!和人ぉ!まったくもってつれない!俺たちくらいに教えてくれてもいいじゃないか!」

 

 そんな中で、和人と秋斗が声を震わせながら口を開く。


「いやぁ……ちょっとだけ色々あってね?」


「まぁー、詳しくは聞かないけどな?」


「そ、それでもあの神薙さんに接吻したのは中々にいただけないと思うけどなぁ!」


 彼らも自分たちに視線が集まっていることは知っているだろう。

 実に言葉を選びながら僕へと疑問点を投げかけてくる……色々と、クラスメートも聞きたいことがあるだろう。

 だが、色恋沙汰に熱心な高校生が気にするのはやはりキスのことであり……それについて深掘りするのが最適であると陰キャながらに判断した二人は僕へとキスについての疑問を投げかけてくる。


「し、仕方ないだろう!僕は相手にキスをすれば怪我の治癒が可能なんだよ!神薙さんは今にも死にそうだったのだから、流石にあのまま放置には出来ないでしょう?あのまま放置していたら死んでしまうかもしれなかったのだから!魔力による回復は万能だけど、既に神薙さんの魔力はかつかつの状態で、自分での治療行為なんて出来そうになかったの。あの後、神薙さんが普通に魔力を使って戦っていたから、勘違いしてしまうかもなのだけど、僕のキスには魔力も全快させる力があるから。あの時点での神薙さんは確かに魔力がなかったの」


 そんな二人のパスを受け、僕は懇切丁寧にあのキスは治療行為であったと弁明してみせる。


「な、なるほど。そんなわけがあったのか!」


「それなら仕方ない……仕方ないなぁー!人助けのためだものな!」


「そ、そうだよね?二人もそう思うよね。あれは人工呼吸と同じ。人助けだから仕方ないよね」


 僕は和人と秋斗。

 その二人と協力して自分は悪くないアピールを繰り返していく。

 それにしても、周りからの視線が一挙に集まる中で僕のことを考えて援護射撃を繰り出してくれる二人はまさに僕のベストフレンド、心の友だろう。

 感謝しかないだろう。


「当然、恋愛感情というのはないよな?」


「実は恋仲だった!なんていう驚愕の事実はないよな?俺たちの陰キャ同盟。彼女なんて作らないぜ同盟を裏切ったりはしないよな?」


「もちろんだよ!」


 僕は和人と秋斗の言葉へと力強く頷く。


「陰キャである僕が神薙さんに近づくなんてありえない!僕が神薙さんの恋仲になるなんて絶対にないと言い切れるね!」

 

 そして、そのまま僕は声高らかに宣言背得る。

 決まった……これで、完全にキスをしてしまった僕に向けられる嫉妬の視線はある程度緩和されるだろう。

 僕は己の完璧な立ち回りに内心で自画自賛する。


「……それはちょっと酷くない?」


 だが、そんな僕へと向けられたのは一つの女性の声。

 いつの間にか自分の後ろに立っていた神薙さんの声であった。


「「「ひょぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええ!?」」」


 それを受けて僕たち三人は悲鳴を上げながら飛び上がって、教室の更に隅へと逃げていく。


「……それにしても、随分と私たちのクラスに人が集まっているみたいだね?やっぱり、心配させちゃったかな?は、はは。ごめんねぇ?私も気をつけていたつもりなんだけど、みんなには無様な姿を見せちゃったね。心配させてごめん」


 そんな僕たち三人から一旦、視線を外してこのクラスにいる多くの生徒たちへと堂々たる態度で自分の言葉を話していく。

 その姿はまさに陽キャ。

 震えながら間接的に友達の会話という体で周りに自分の言葉を伝えていた僕とは雲梯の差であった。


「でもこの通り!私は元気だから安心してっ!」


 そして、そのまま神薙さんは元気なことをみんなにアピールしていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る