第33話 王子の来訪

 なるべく二人きりにしてやろうという配慮か、司祭アドルフや護衛の兵士は少し離れた場所にさがる。

 ネーヴェは、礼拝堂の椅子に腰掛け、シエロと向かいあった。


「悪かったな」

「え?」

「お前に話していない事が多い。俺に不信感を抱くのも当然だ」

 

 こちらから謝ろうとしていたのに、向こうから先に謝られてしまった。

 

「私も、言い過ぎましたわ」

 

 ネーヴェも、大人しく謝罪する。


「セラフィ様と楽しそうに話されていたので、天使様同士で話す方が良いのかと、少し思いましたの」

「楽しそうに見えたか? まあ、数少ない同族同士、気安く話せるのはあるがな。しかし、所詮は他国の天使だ。あいつ、まだ国内をうろついている気配がある。何を考えているのだか……」

 

 シエロは顔をしかめている。

 彼は、ネーヴェとセラフィが密かに会っていたことを知らない。

 先日の夜にネーヴェが言い負かした時、セラフィは出直すと宣言していた。まだフォレスタに留まって挽回を狙っているらしい。王子を探す件は後回しでいいのだろうか。


「目障りだな。フォレスタから追い出すか」


 どこか遠い眼差しをしながら、シエロが物騒な事を言う。

 

「まあ。セラフィ様と仲良くしないのですか」

「交流はするが、国の利害が対立すれば敵対するかもしれない関係だ。お前が思っているほど親しい仲ではない」


 シエロの言葉に、ネーヴェは少し安堵する。セラフィはシエロをしたっているように見えたが、シエロの方は眼中になさそうだ。

 天使同士だから無条件に助け合うという訳でもないらしい。なかなか複雑な関係だ。

 一連の会話は、声をひそめた上で、シエロが天使の力で周囲に聞こえないようにしている。


「……ご歓談中、申し訳ございません」

 

 話していると、侍従が恐る恐る声を掛けてきた。


「アウラの王子一行が、国境に到達したとの先触れがありました。予定よりも早く到着したので、女王陛下に謁見させて欲しいと……」

 

 行方不明だと聞いたばかりの王子の来訪に、ネーヴェは困惑する。

 しかし、来てしまったものは仕方ない。

 

「すぐ、もてなしの準備を」

「はっ」

 

 侍従は体を二つ折にして頭を下げる。

 

「大丈夫か? まだ受け入れの準備は整っていないだろう」

 

 シエロが心配そうに聞いてくる。

 例の交換留学の件について、フォレスタ側は何を提供できるかの検討が途中だった。


「国内の観光地でも見せて、時間稼ぎいたしますわ」


 ネーヴェは澄ました顔で答え、ドレスの裾を持ち上げながら、腰を上げた。

 これから、忙しくなる。

 せっかくシエロと和解したのに、ゆっくり話す時間がないのは残念だが、これも仕事だと、頭を切り替えた。

 矢継ぎ早に指示を出しながら、玉座に戻る。

 国賓をもてなすための宿泊施設の手配と、接待のスケジュール調整、王城の客間の掃除……もちろん国王は直接動かず、臣下や官僚が動いて対応するのだが、全体を把握しておく必要がある。

 それから数日後、王子の一行が王都に到着した。


「お初にお目に掛かります、女王陛下」


 玉座の前に進み出たのは、紅葉した楓の葉のような色の髪に、翡翠の瞳をした、ネーヴェと同年代の若い男だった。俊敏な物腰で、猫科の動物のような雰囲気のある男だ。

 他国の王族なので頭は下げず、しかし女王の方が位が高いので、彼は優雅な動作で略式の礼をする。


「ルイと申します。先般は戴冠式に参列できなかったことをお許し下さい。遅くなりましたがアウラを代表し、貴国に新たな王が誕生したことをおよろこび申し上げます」

「……この度は、遠路はるばる我が国まで、ようこそいらっしゃいました」


 ネーヴェは女王の威厳を損なわないようゆったりと装いながら、アウラの第二王子ルイを観察する。

 一瞬、王子の輪郭が陽炎かげろうのように歪んだような気がした。

 見間違いかしら。


「ささやかですが、歓迎の宴も用意しました。どうぞ、ゆっくりおくつろぎ下さい」

「ありがとうございます」


 王子が謁見の間を辞した後、急いだ様子で、宮廷付き司祭アドルフがやって来た。


「陛下、聖下がお話したいことがあるそうです」

 

 アドルフは真剣な顔つきだ。

 何か危急の用件だと察し、ネーヴェは侍従に政務の調整を命じ、玉座から立ち上がった。

 

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