第67話 成敗!ですわ

 図星を突かれた魔術師は激怒する。


「無力かどうか、その体で確かめさせてやろう! 直接でなくても、召喚を介することで、いくらでも抜け道はあるのだからな!」

 

 ネーヴェを捕らえている影の手の力が強まる。

 魔術師が杖を振ると、足元から追加の影の手が現れた。

 影の手がドレスを破ろうとする。

 しかし、その瞬間、ネーヴェの胸元で白い羽が強烈な光を発した。

 光に貫かれた影の手は、空中に溶けるよう消え去る。

 

「なんだ?! お前、それは、天使の羽ではないか?!」

 

 魔術師が羽を指差して叫ぶ。


「それを寄越せ! それがあればきっと……」

「強欲で愚かな魔術師よ。お前が不老不死の真理に辿り着くことはない」

 

 男の静かな声が、魔術師の言葉をさえぎった。

 ネーヴェは弾かれたように振り返る。


「シエロ様」

 

 広間の出入り口から、王のように堂々と足を踏み入れる男と、視線が合う。

 彼は青白く輝く抜き身の長剣を携え、純白の翼を背負っている。

 淡い光をまとった姿は、闇の中で浮き上がっているように見えた。一歩踏み出すごとに、金剛石を砕いたような光の燐片が散る。

 その流れるような黄金の髪も、深淵を見通すような紺碧の眼差しも、すべてが神の手でしつらえたように美しい。

 まるで伝説の一場面を描いた、名匠の絵を現実にしたようだった。


「て、天使?! 人を直接傷つけられぬ癖に、いったい何の用だ」

 

 魔術師の声は畏怖に震えている。

 ネーヴェは知らないことだが、この魔術師ガイウス、それなりに知識と技術を持っており、慎重に動いていた。だからこそ、今まで悪事が露見しなかったのだ。しかし……


「抜け道はある。お前が先ほど言ったではないか」

 

 シエロは悠々とした足取りで、ネーヴェの隣まで歩いてくる。

 触れられそうなほど近くに白い翼が近付き、ネーヴェは目を見張る。翼は、ふわりと彼女を包み込むように動いた。


「虫に人を襲わせたな?」

「!!」

「やっと俺が直接動くに足る理由がそろった。たかが魔術師ごときが、手を煩わせてくれる」

 

 パチリ、パチリと石畳の上に火花が走る。

 重苦しい、目に見えない圧力が掛かると共に、天井よりも上、はるかな天空でゴロゴロと巨大な生き物が唸っているような音が木霊こだました。


「―――天の怒りを知るが良い」

「やめっ、、やめろぉぉぉっ!!!」

 

 何かに気付いた魔術師が絶叫すると共に、眩しい光が視界を白く染め上げる。外は夜闇だが、真昼よりも明るい光が、小さな窓から室内に射し込んだ。

 その一拍後、激しい雷鳴がとどろく。

 光は止んで室内は薄暗闇に戻ったが、前よりもずっと明るい。

 明るいのは、松明の代わりに、室内のあちこちで虫が燃えて火だるまになっているからだ。

 一瞬にして、古城の内外を徘徊する虫の群れが、ことごとく焼き尽くされたのだと察し、ネーヴェの背筋に戦慄が走る。


「……おの、おのれ……!」

 

 ネーヴェに分かったことは当然、魔術師にも分かったはずだ。

 目論見が完全崩壊したことを悟り、老人は燃え尽きて灰になったようだった。


「何年も…時間を掛けて準備してきたものを…」

「それを言うなら、こちらは建国以来二百年近くやってきたんだ。お前の数年ぽっちの計画なんぞ知るか」

「おのれぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 魔術師は血走った目でシエロを睨み、杖を握りしめて怨嗟の声を上げる。

 そして、杖を掲げ、よろよろとシエロに突進する。

 どうやら仕込み杖だったらしく、杖の先に刃物が現れた。

 ネーヴェは虫が全滅した辺りから我に返っており、そろそろとシエロから離れ、床から落ちていた剣を拾い上げたところだった。

 魔術師は、天使以外眼中にないようで、ネーヴェを全く見ていない。

 それを良いことに、剣を持って魔術師の背後に回り込む。


「成敗!」

 

 ネーヴェは、突進する魔術師の脳天に、剣の腹を思い切り叩き付けた。刃を寝かせた剣は、ただの鈍器だ。

 剣士でもない魔術師の老人には、剣術の心得もあるネーヴェの剣を避けられない。鈍器の一撃をまともに受けて、床に沈んだ。そのまま目を回して動かなくなる。


「……」

「…………ぷっ」

 

 正面のシエロは、もちろんネーヴェの行動に気付いていたが、放置していた。目の前で、魔術師の脳天に一撃が決まったのを見て、彼は吹き出す。

 そして、心底愉快そうに笑った。

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