第46話 お仕置きするのも面倒ですわ

 寝起きを襲撃されたエミリオは、間抜けな顔をしていた。

 その顔を見て、ネーヴェは「どうして私は、こんな男との婚約を受け入れたのかしら」と過去の自分を疑問に思う。きっと「王子様だから」と眼にフィルターが掛かっていたのだ。

 氷薔薇姫と呼ばれ、自分の美貌に自信を持ち、王子に求婚されることで有頂天になっていた。なんと愚かな女だったのだろう。


「殿下、どうして今さらクラヴィーアを攻めにいらっしゃったのですか」

 

 ネーヴェは静かに問い掛けた。

 すると、エミリオは我に返ったように立ち上がり、ネーヴェを睨み付ける。


「どうしても、こうしてもない。お前が聖女をかたり、民衆をあざむいて国を手に入れようとする悪女だからだ!」

 

 指先を突きつけられ、ネーヴェはきょとんとする。


「私は聖女様の名前を借りたことは、一度たりともございませんわ」

「嘘を付け! 民はお前が聖女だと騒いでいたぞ!」

 

 そう聞かされ、ネーヴェはもしかして誰かが勝手に言っているのかしら、と推察する。ありえることだ。

 しかし、ネーヴェ自身が言った事ではないと釈明しても、もはやエミリオは耳を貸さないだろう。

 ミヤビの失踪をどう思っているのか。

 魔物の虫のせいで収穫量が激減した、この国の将来をどう思っているのか。

 彼に聞きたいことは、いくつもある。

 ただ、浅慮にわめく彼の顔を見ていると、まともに相手をするだけ無駄だと思えてきた。きっと、この王子の言葉を聞いても、実りある事は何一つない。


「殿下、モンテグロット温泉は、お気に召されましたか?」

 

 ネーヴェは、するっと話題を変える。

 

「? 確かに悪くなかったが」

 

 エミリオは困惑した様子で答えた。


「チェリテ伯爵も当地が気に入ったので、長く逗留されるそうです。ですので、チェリテ伯爵に代わり、当家クラヴィーアが殿下を王都まで護衛して、送り届けますわ」

 

 ネーヴェが指をパチリと鳴らすと、待機していた兵士がなだれこみ、王子に縄を掛けて拘束した。


「き、貴様ら! 私を誰と心得る?!」

 

 エミリオが叫ぶが、クラヴィーアの猛者もさたちは欠片かけらも動じなかった。


「さて。牛や馬より高価なのは存じ上げております」

「丁重に運んで差し上げますぞ」

「離せっ、無礼者!!!」


 簀巻きにされて運ばれるエミリオは、まるで喜劇の役者のようだった。

 兵士によって運ばれる王子とすれ違いに、父ノルドが部屋に訪れる。


「すぐ王都に行くつもりかな」

「そのつもりです。またクラヴィーアから離れることになりますが」

「本当に、私の娘はお転婆が過ぎる」

 

 ノルドは軽くネーヴェを抱擁し、別れの挨拶をした。

 そして、正面から娘と向かい合う。


「そういえば、モンテグロットまで同行してくれた、元司祭という男がいたそうだね」

「シエロ様のことでしょうか。カルメラが何か言っていましたか」

 

 傭兵カルメラは、ネーヴェの家族のようなもので、ノルドとも親しく話す。もしかすると、シエロのことを父に言っていたかもしれない。

 ノルドは思慮深い眼差しで続けた。


「各地の高位司祭を自由に動かせる人物は、限られている。彼は、もしかすると……」

「もしかすると?」

「……いや、憶測でものを言うべきではないな。いずれにしても、天翼教会が味方に付いているのだ。王都に行っても悪い事態にはならないだろう」

 

 父は何か知っているようだったが、最後まで説明せずに、話を切り上げる。


「ネーヴェ、お前の選ぶ道に、天使の祝福があらんことを」


 お決まりの挨拶が、なぜか心に染みた。

 これから王都に行く。シエロに、会いに行くことを思うと、不思議と心が踊った。彼は今、どうしているだろうか。

 

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