Side: エミリオ
たかだか百人とはいえ、大勢で坂道を登るのは大変な苦行だ。エミリオ自身は馬に乗っているとはいえ、疲労を感じていた。馬も重労働にあえいでいる。
もうすぐ、クラヴィーア伯爵領だ。
近隣の村で、兵糧を徴収しようと、チェリテ伯爵に言っていたところだった。
「殿下、モンテグロットの伝令兵が、申し伝えたいことがあると言っています」
「なんだ、はやくも降伏宣言か」
モンテグロット温泉は、有名な保養地だ。
占領したらゆっくり湯に浸かるのも良いだろうと、エミリオは夢想する。
伝令兵を近くまで寄らせ、チェリテ伯爵と共に話を聞くことにした。
「申し上げます! 当モンテグロット温泉は、殿下ご一行を歓迎いたします! クラヴィーア名物の羊肉ステーキや、焼きたてのピッツァ、山葡萄酒を樽いっぱいに用意し、歓待の準備は整っております。どうぞモンテグロットでごゆるりとおくつろぎください!」
「おお……!」
思わぬ歓迎に、王子一行の頬はゆるんだ。
「女は? 女もおるのか」
「もちろんです! クラヴィーアの女は色白美人ばかりですよ」
チェリテ伯爵が髭をしごきながら聞くと、伝令兵士は即答した。
「なんだ、モンテグロットは話が分かるではないか」
「ははは。これは兵を出すまでも無かったな」
厳しい坂道を登ってきて、エミリオも兵士も疲れている。
湯に浸かって体を癒し、食を堪能して英気を養うのも良いだろう。これはきっと天の導きに違いない。
エミリオはその身分ゆえに、どこに行っても王子というだけで歓迎されることに慣れていた。だから不自然さに気付かなかったのだ。
こうして、王子とその兵士達は、モンテグロット温泉の歓待を受けることになった。
元より大人数が宿泊する施設があるので、百人なら、ぎりぎり収容できる。
エミリオは温泉に入り、極楽気分を味わった。
「もっと早くここに来れば良かったな。そうだ、クラヴィーア伯爵から土地を取り上げ、私がこの地の主になれば、いつでも休養しに来れるではないか」
名案だと浮かれながら、ふかふかのベッドで眠った。
目が覚めたのは夜半。
廊下の方が騒がしく、人が駆け回る音がする。
「なんだ、騒々しい……」
「それは失礼しましたわ」
独り言に返事が返ってきて、エミリオはぎょっとした。
いつの間にか、窓辺に女が佇んでいる。
月光に濡れる銀髪の、この世のものとは思えない雪の妖精のような雰囲気を漂わせた女性……。
「ネーヴェ……?!」
「はい、殿下。久しぶりですわね。夜分にすみません。すぐに、用事は済みますから」
ネーヴェはぞっとするほど美しい笑みを浮かべ、エミリオに微笑みかけた。
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