第25話 帰途

 教会の近くの浜辺には、大量の貝殻が打ち寄せられていた。

 とても一人で拾えるものではない。

 ネーヴェは商人アントニオの一行を呼び寄せ、大人数で貝殻を拾った。荷台いっぱいに貝殻を載せて、帰途に着く。


「フローラさん、無事に想いを伝えられたかしら」

 

 化粧を教えたフローラの行く末が気になった。

 だが、もし彼女がそのまま男に付いていく選択をしたなら、きっとサンレモには戻ってこない。修道女だった彼女に、天使の加護があることを祈るばかりだ。


「これからどうする?」

 

 フォレスタへの坂道を登りながら、シエロが聞いてくる。

 ネーヴェは迷わず答えた。


「リグリスで、貝殻の粉を配って歩きますわ」

 

 もう一つ、試したいことがあるが、それは秋にオリーブの実が収穫できてからの、お楽しみだろう。

 海辺の街での収穫は、貝殻だけではない。

 ネーヴェは収穫物の入った鞄を撫でながら、それとは別に気になっていることをシエロに聞き返した。


「シエロ様は、欲しいものが決まりましたか?」

 

 フローラの想い人の出発を遅らせるため、シエロは知人に頭を下げて頼んだらしい。

 その代わりと言っては何だが、ネーヴェはシエロに、何でも欲しいものがあったら与える約束をしていた。


「俺が何を欲しているか、当ててみせろ」

 

 しかし、シエロは謎かけのように言うばかりで、何かをネーヴェに要求する気配はない。


「本当によろしいのですか」

「人望以外に持ち合わせのない氷薔薇姫に、大層なものを請求するつもりはない。モンタルチーノに置いてきたシェーマンは、どうするつもりだ?」

「タイミングを見て、リグリスに呼び寄せましょう。すぐにモンタルチーノに戻れないでしょうから」

 

 勝手に国を出てあれこれやっているのが、王子にばれるかもしれない。しかし、ネーヴェは仕方ないと腹をくくった。

 もうネーヴェは、王子の婚約者ではないのだから、おとなしく彼に従う理由はない。

 王族に逆らった罰を受けるかもしれないが、その前にリグリスのオリーブを救うのだ。


 決意を秘めた美しい横顔を、商人アントニオや傭兵達が、女神でも見るように拝んでいたことを、彼女は知らなかった。

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