Side: エミリオ王子
昔、一度だけ、天使に会ったことがある。
王都にある天翼教会の本部の建物で、天使は優雅に片翼を広げ、まだ子供のエミリオを見下ろした。
天使は、淡い金髪を腰まで伸ばした美しい男性だった。シミひとつない肌や、絹糸のように滑らかな髪は若者のようだが、深海色の瞳はひどく老成した光を宿している。この教会の人間が着る空蒼色の高位司祭の長衣をまとっていても、人ならざる神秘的なオーラが漂っていた。
背中に広がる鳥の翼は真っ白で、内側から輝きを放っている。
ただし、通常一対あるはずの翼は、片方しかない。
「
一瞬、何を言われたか、分からなかった。
王子であるエミリオは、自分がこの国でもっとも尊い血族だと教えられ、育ってきたから。
「できぬのか?」
「て、天使様の仰せのままに。エミリオ!」
国王エルネストが、幼いエミリオを叱責する。
子供心に、エミリオは「こんなの間違っている」と感じた。なんで膝を折って頭を下げなければいけないのだろう。
だって、この天使の翼が片方ないのは……
「俺を恐れぬか」
「めっそうもございません。幼いゆえ、許していただきたい」
「恐れを知らぬのは、お前の血族の長所であり、欠点でもある。その子供には分別を教えた方が良い」
何が分別だ。
天使の分際で、偉そうに。
エミリオの胸には、反感だけが残った。
だからだろうか。魔術師の聖女召還を、積極的に支援したのは。
この国に、新しい神を迎え入れる。
自分は、この国の黎明を指揮する王になるのだ。
「ミヤビ、頼むよ。そろそろ虫の魔物をどうにかしてくれ」
「どうにか……って言われても」
「君だけが頼りなんだ。君なら、きっと出来る」
困惑し、震える異世界の少女に、そっと微笑みかける。
たいして美しくない女性だが、この地では珍しい艶やかな黒髪に黒曜石のような瞳は、エミリオに愛着を抱かせた。
彼女は「そんなの、私には背負えない」と泣きながら言う。その涙も真珠のように麗しく、エミリオは「私も手伝うから」と丁寧に慰めた。
「ネーヴェは、いつまでへそを曲げているのだろうな」
辺境に謹慎させた元婚約者を思う。
いい加減、現実を受け入れて戻ってきて欲しい。ミヤビが現れた今、二番目の妻として尽くすのが、彼女の役割ではないか。
ミヤビとの婚約を見せつけるためにも、ネーヴェには戻ってきてもらわなければならない。彼女の常に冷静な、冴えた氷のような表情が歪むのを想像すると、エミリオは暗い興奮を隠しきれないのだった。
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