第25話 蹴る世界
「頼む、我が蹴球チームに入ってくれ!!」
私とヨハクの取った宿の一室にて、地元の蹴球競技とやらのスポーツのチームキャプテンがヨハクに必死に頭を下げている。
「お誘いは嬉しいのですが、僕は旅の途中ですしその蹴球という競技もやったことがないので」
ヨハクは困った様な曖昧な笑みを浮かべながら、それでも頑なに断っている。
「そこをなんとか!次の試合だけで良いんだ!!」
しかし、相手も譲らない。何を言われても次の試合だけでいいからの一点張りだ。
そうして、さっきからずっと押し問答が続いていた。
そもそもこうなったのは、この世界に来た際、色々あってヨハクが走っている所を見られてしまったせいなのだが。
あの速度で走れる人間ならどんなスポーツでも活躍できるのは確かだろうから、スカウトしたくなる気持ちも分かるのだが……ここまで相手の粘り腰が強いのは中々に想定外だ。てっきり、もっと早くに折れるかと思っていた。
「いい加減にしなさいよアンタ達。今何時だと思ってるのよ」
流石にそろそろ眠たくなって来たので二人を止めることにする。
今日はこいつの所為でご飯も一人で食べるハメになったので少しだけ腹の虫の居所が悪い。というか、ヨハクはともかくこのキャプテンもご飯を食べてないはずだがお腹空いてないのだろうか。
「キャプテンだっけ、もう少しこっちの迷惑も考えなさい。そんな一方的に要求だけするから断られるのよ」
「し、しかし次の試合で負けると……」
「それが一方的だって言うのよ。本気でヨハクに力を貸して欲しいなら事情を一方的に話すんじゃなくて、もっと色々方法あるでしょ」
「た、例えば……?」
縋り付く様な目で私を見上げてくる。流石に情けなさが凄い。
「そっちの理由だけじゃなくて、ヨハクの受けた方が良い理由……メリットを示したりよ。報酬を提示するとかね」
「し、しかし我がチームには金は……」
「それで手を貸してもらえると思ったの?というか、お金以外にもあるでしょ。ご飯とか名品とか、なんか色々」
「な、ならば俺のサインとか!?」
「知らない人のサインをもらって何が嬉しいのよ」
バッサリと切り捨てる。もしかしたらこの人はこの世界では有名なのかもしれないが、私にとっては関係ないことだ。
「ま、まぁまぁクローズ。その辺で容赦してあげてください」
流石に気の毒に思ったのかヨハクが割って入る。
「キャプテンさん、すみません。ですが彼女の言う通り、僕にはあなた達を助ける理由がありませんし、そもそもルールも知らないので助けられるかも分かりません。ですのでこの話は無かったことに……」
「くっ!!分かった、今日のところは引き下がろう。だが、俺は完全に諦めたわけではないからな!気が変わったらいつでも来てくれ!!」
そう言い残して、キャプテンはようやく出て行った。
「はぁ……すみませんクローズ。ご迷惑をおかけしました」
「良いのよ、実際に大変だったのはアンタでしょ」
それにしても、と出て行った男のことを思い返す。あんなにも必死に頼むということは、それだけ真剣だったのだろうが何が彼をそこまで駆り立てていたのだろうか?
「何でも、次の試合で負けると彼のチームは解散するのだそうですよ」
彼の話を律儀に聞いていたのだろう、ヨハクが教えてくれる。
「何でも彼のチームは借金を抱えていて、チームメンバーの人数もギリギリ。崖っぷちの状態だそうです」
「それは、中々に悲惨な状況なのね」
あんなに無碍に追い返したのは少し可哀想だったろうかと今更ながらに反省する。
「でも、珍しいわよね。普段のアンタならああいう願い結構簡単に引き受けるのに。なんで今回はあんなに頑なに断ってたのよ」
「そう、ですね。確かに他のことなら受けていたかもしれません」
「なら、何で今回は断ったの?」
「ここで僕が手を貸して勝ったとしても、それは彼らのためにならないからですかね」
よく分からない、といった表情を私が浮かべたからか、少しだけ言葉をまとめる様に黙ると彼は続ける。
「僕はあくまでも旅人なので、ずっと彼らに力を貸し続けられる訳ではありません。仮に力を貸して勝てたとして、では次は?その時にはもう力を貸せないかもしれません。となると今回だけ勝てたとしても意味がありませんからね」
それに、とさらに続ける。
「これが命のやり取りなどならば手を貸すのもやぶさかではありませんが、今回はあくまでスポーツ競技です。チームが解散してもやり直しは効くものでしょう。ならばなおさら通りすがりの僕が手を貸すべきではないでしょう」
どうやら、彼の中の譲れない一線に触れることの様だ。ならば、私が何かを言うべきでは無いだろう。
そして数日後、折角なのでとキャプテンのチームの蹴球の試合を見ていくことにした。
ルールはよく分からなかったが、キャプテン達が負けたことは分かった。
悔しそうなキャプ年の顔には、それでもどこか吹っ切れた様な、やり切った様な、そんな達成感にも似た表情が浮かんでいた。
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