僕は特攻隊、カミカゼです。
今際たしあ
残された人は辛いんだ
「僕は特攻隊に志願します」
全面坊主の学ラン姿。
「やめた方がいいよ」
今宵は生徒たちが将来を決める大事な日。
海軍や陸軍を志望する男子の勇ましい様に女子からは歓声があがり、彼女らは軍事関係の仕事、つまり彼らのバックアップに務めることを決意した。
だが、特別攻撃隊。
敵地での死を意味する特攻隊を志願する者はあまりおらず、国からの要請で連れられる者ばかりであった。
だが、健二は志願した。
若い命を散らす覚悟を決めたのだ。
ただ血気盛んに突撃する訳ではなく、国の為に散る訳でもない。
ただ、密かに愛する彼女の為に。
決意表明も終わり、教室を離れた健二。
不安な顔一つ見せない健二に、佳代は再び語りかけた。
「さっきの話だけど。本当にやめた方がいいよ」
健二とは対照的に、不安な顔を覗かせる佳代。
彼は歩みを止めずに呟いた。
「僕はやりきってみせる。国の為に命を賭すことができるなんて、この上ない幸せだよ」
この言葉を他の生徒が聞けば羨ましがっただろう。
自分とは違う、大きな功績を残せることに。
だが、佳代は違った。
暴力に物を言わせて腐り果てたこの国で、闘いこそがこの世界の根幹だと洗脳された人々の中で、非暴力を訴え続けていた彼女は違った。
「本気で言ってるの?」
健二が愛し続けた彼女の、低く凍りつくような呟き。
まるで墜落して海を漂うかのような、暗く冷たい声。
健二は燃える心臓を突然両手で捕まれたような感覚がした。
健二は俯き、独り言のように虚空へ呟いた。
「僕は強くなんてない。だからこんな方法しか思い付かなかった。生まれつき体力や筋力が備わっていたならば、もっといい選択ができたはずなんだ」
佳代は何も言わなかった。
来る明日の、軍人による引き抜きに向けて健二は早々に部屋に向かった。
そして、就寝前の恒例行事。
目を瞑り、何処へともなく手を合わせる。
「ごめんな、佳代」
翌日、再び教室にて。
点呼を済ませた後、本物の軍人が佇む運動場に男子生徒が集められた。
体力、知力、筋力。
3つの力を試すテストの後、大勢いた男子生徒の中から数名が選ばれた。
多くは陸軍や海軍への推薦だったが、5名の生徒が海軍特別攻撃隊への推薦を受けた。
名前は
内、特別攻撃隊を志願して仮入隊したのは健二ただ一人だった。
生徒たちは別れた後、それぞれの道を歩んだ。
健二らは海軍基地に着き、始めに飛行訓練をさせられた。
授業でかじった程度の知識で飛ばされた為、どの生徒も拙い様子で飛行していた。
だが悠人は飛行中にバランスを崩し、戦闘前に尊き命を失った。
この時、悠人と特に親しくしていた秀夫は泣き崩れていたが、仲間を弔う暇すら与えられず、訓練に没頭させられた。
不本意に連れてこられた健二以外の3人は上官の見えない所で不平不満を垂れ流していたが、軍の最高職ということもあり途中で投げ出す者はいなかった。
数日が経過し、残る演習も一週間を切った。
戦争が激化してきた頃ということもあり、演習速度は上がる一方。
それに比例して生徒達の疲労も増え続けた。
そんな中でも、健二は佳代の事を常に思い出していた。
「君の為に、僕は頑張るよ。命を燃やして」
そんな彼を周りは不思議がっていたが、この極限状態で芽生えた絆は本物であった為、健二を嘲る者は誰一人としていなかった。
今日はいよいよ特別攻撃隊への勧誘があった。
ここまでの演習はあくまで飛行訓練の為、飛行機の操縦に長けた者の炙り出しに過ぎなかった。
ここで特別攻撃隊に選ばれたのは健二と秀夫。
決意を固めた健二に対し、自らの運命を呪った秀夫。
残酷な運命を辿る彼らを、久と忠仁は重い心境で敬礼し、送り出した。
佳代は、制止も虚しく旅立って行った健二を思って頬を濡らした。
「どうして、どうしてそんなに……」
それでも、陰りなく街を照らす月は美しかった。
その頃、健二は秀夫ら特攻兵と共に突撃のシミュレーションを行っていた。
各機、操縦士の護送及び後方支援の下、母体内部で待機する特攻機が敵戦艦への突撃を行うという物だ。
空母「エセックス」への突撃の他、敵機から飛ばされる銃撃の嵐を駆け抜けなければならないという望みの薄い作戦だった。
秀夫はそれを聞き、ついに発狂した。
自らの人生を悔やみ、思いの丈を上官に全て叫んだ。
「上官! 自分はこんな最後を遂げるのは嫌です! まだ死にたくない、生きていたい、輝かしい日本の未来が見たいのです!」
過去にも同じようなことは多々あった。
秀夫では無いが、軍事演習中に同じく発狂した生徒が非国民だとして先生にタコ殴りにされ、身も心も全て壊されてしまったなんてことは最早日常茶飯事となっていた。
だが、ここの教官は違った。
「君の気持ちは分かる。ほら、顔を上げて」
その様子を見ていた健二は、同期や上官の顔を見回す。
秀夫も鼻水混じりに涙ぐみ、怯えつつも健二に続いた。
だが、二人が想像していた表情とは違い、どの顔も皆重々しい顔をしていた。
上官は眼鏡を正し、続ける。
「ここにいる人達は決して死にたい訳じゃない。かといって、無理やり従わされている訳でもない。守りたい者、守るべき者の為に飛ぶんだ」
唖然とする秀夫を前に、一人の軍人が敬礼をした。
「自分は、残してきた妻を守る為に飛びます」
その言葉に、他の者達も続いた。
「自分は独り身の母の為に」
「自分は妹の……」
「自分は……」
最後の一人が言い終えた後、上官は再び秀夫と健二に笑顔を向けた。
「私は愛する我が子と妻の為だよ。君たちも守りたい者がいるんじゃないかな」
秀夫は震える体で敬礼し、しゃがれた声で言った。
「じ、自分はぁ! 戦地で足を失った父と、そんな父を毎日看病している母の為です!」
健二も後に続いて敬礼した。
「自分は、空襲で命を落とした愛する彼女の為に」
そして、ついに当日を迎えた。
あの日を境に結束力を高めた戦士たちは一人一人握手を交わし、敬礼を済ますとそれぞれの機体へと搭乗した。
秀夫の機体は01号輸送機の中にあり、目標を捕捉するまで中で待機することとなった。
健二は一つ飛んで03号輸送機の中であり、輸送機の操縦には空軍での時間を共にした生徒の一人、忠仁が付いた。
他の輸送機の搭乗席には久の姿もあり、どこか懐かしい日々が走馬灯のように流れて消えた。
「出撃!」
上官の無線と共に一斉に宙を駆ける機体達。
途中燃料漏れで引き返す機体もあったが、ほとんどの機体はハプニングも無く通常運転を開始した。
健二は機内で一つの額縁を眺めていた。
それは学校で過ごしていた時から肌見放さず持っていた物で、中には一人の可愛らしい少女が映っていた。
「ごめん、ごめんな。こんな方法しかできなくって」
佳代は怒っていた。自分の知らないところで覚悟を決める健二に、一つ、また一つと涙をこぼす。
佳代は家に飾られていた健二との写真を、透ける手で何度もさすりながら叫んだ。
「勝手に死んじゃだめ! 貴方がいなくなって、残された人のことを考えてよ!」
健二は額縁へと呟いた。
「残されるって、辛いよな」
「健二、見えてきたぞ。敵艦のエセックスだ」
忠仁が前から呼び掛ける。
「わかった」
健二が返事をするとほぼ同時に爆発音が空中で鳴り響いた。窓からは、機体の残骸と思しき破片が風に乗って落下していく光景が見えた。
「こちら飛行兵長、全機体に告ぐ。敵機襲来。機銃に備えよ。敵機の迎撃にて、12号機が墜落」
無線で12号機の最期を聞き、引き締まる機内。
それはどの機内も同じで、戦場での緊張が最高点に達した。
「こちら18号機! 右翼焼失により、墜落します! 前方から新たな敵機が……みんな頼む! 俺たちの分まで――」
この軍事連絡を無視した感情的な報告を以て、カミカゼ達は墜落を始めた。
「こちら16号機、敵襲により――」
「助けてくれ、熱い……熱いいいい!」
「お願いだ、俺のことを、どうか忘れないで――」
空中は一瞬にして各々の断末魔や遺言が飛び交う地獄と化した。
敵機と自機の交戦により、空母を捉える位置まで持っていけたのはたったの4機だけだった。
「健二、照準があったら切り離すぞ。こんなこと言いたくは無いが、最期に言いたいことはあるか?」
健二は一呼吸置き、一言一言噛み締めるように言った。
「この命、先立った皆……そして残される皆のために。絶対に成功させてみせるさ。短い間だったけれど、今までありがとな」
忠仁は無言で親指を立てると、速度を上げた。
すると、耳が張り裂けそうになるような爆発音と共に隣の機体が爆散した。
雲に隠れていた敵機の爆撃から、健二らが搭乗している03号機を守るために護衛機が盾になったのだ。
機体から外へ放り出された男はかつての仲間である久であり、健二は機内から一瞬彼と目があったような気がした。
彼は最期に満足気な顔を健二に見せ、果てしない青へと還っていった。
だが、久は03号機を完全には守りきれず、左翼に少し被弾したらしい。
飛行自体は可能だが、炎上した左翼で基地へ帰ることはもはや不可能。
忠仁は覚悟を決めた。
「はは……俺も、ここで終わりだな」
健二は忠仁が悲し気な表情で笑うのを見て、焦燥に刈られた。
「そうだね……何か最期に言うことはある?」
「言った所で、なんっにも残らないよな」
二人は笑った。
どうしようもなく、それでも思い切り笑った。
「それじゃ、そろそろ行ってくるよ」
「おう。先にあっちで待ってるぜ」
忠仁は健二の機体を切り離すと、敵戦に突っ込んでいった。
「秀夫や健二が命を燃やすっていうのに、俺だけ無駄死にしてられるかよ!」
だが、そんな彼の決意も虚しく、敵船の迎撃部隊によって被弾し、03号機は最期を迎えた。
切り離された健二は真っ直ぐ空母を見つめ、敵機を紙一重ですり抜けていった。
なんとか切り離された秀夫の機体が後ろで爆散する音にも振り返らず、ただ一心不乱に戦場を駆け抜けた。
健二が最期に聞いたのは、彼の身を案じる少女の声だった。
「本当に、よかったの?」
「……懐かしい声。もうすぐ君に逢えるのかな」
「どうしてそこまでするの」
「君の為だよ」
「私は復讐なんて望んでないよ。ただ、生きて欲しいの」
「復讐じゃないよ。確かに君の命を奪った敵国は許せない。でもそれ以上に、君のいない人生に耐えられなかったんだ」
「そう……ありがとう」
健二は、いつの間にか閉じていた瞼を開いた。
今のは夢か、とも思ったが、外の景色は変わっていない。
一瞬の間に垣間見た奇跡だった。
健二は空母に激突する寸前、操縦席に立て掛けておいた遺影に向けて笑顔を見せた。
「僕は特攻隊、カミカゼです」
僕は特攻隊、カミカゼです。 今際たしあ @ren917
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