極電の白縫
今際たしあ
第1話 災厄の列車
衝撃音と共に声にならない叫びを上げ、怪物はその場に崩れ落ちた。
自らの死と引き換えに発動する仕掛けでも有ったのだろうか。
次の瞬間、その様子に安堵する稲村リョウの体は強い衝撃を受け、後方の建物へと叩きつけられた。
リョウは怪物と対峙し、今までに感じたことのない苦痛や恐怖を同時に味わった。
だが、土手っ腹に大穴が空いた今はもう何も感じない。流れ落ちる鉄臭い液体と共に、淡い期待と束の間の喜びが薄れていく。
怪物と出会った時に感じた非現実への胸の高揚も、辺り一帯を照らした光さえも全て失われた。
再び暗転を迎える街の中、力を失った友が膝から崩れ落ちる姿を最後に、誤って踏み込んでしまった世界のその先を見ることも無く、リョウの視界は暗転した。
◇◆◇
文化祭前日。
先輩達が劇の準備を淡々と進める中、オレ・
オレは身長170センチに体重60キロ、黒髪といった至って平凡な見た目をしており、顔は悪いほうではないと思う。というか、そうであって欲しい。
「今年の目玉は二年二組の"魔性の女"って劇らしいよ!」
「私達のお化け屋敷も負けないようにがんばろっ!」
教室を包みこむ女子生徒による文化祭ムード。
男子生徒達もそれに感化され、明日の本番に向けて一喜一憂している。
これはオレもうかうかしてられないなぁ。小物でも作っておくか。
「おーいリョー、お前もここ手伝ってくれよヘルプ!」
此方に手を降りながら呼び掛ける男はニック。
ウェーブ掛かった茶髪に整った顔立ち、180近くの高身長。その容姿はまるで活発なサッカー部のようだ。だが、部活はどこにも属していない。そして何といっても、語尾の英語がとても気になる。
「オッケー」
オレは小物を作る手を止め、黒い幕を壁に押さえつけるニックの元に駆け寄った。
少しでも白い壁が見えると台無しだ、どうせやるなら、全力で怖がらせたい。この作業は真剣にやろうかな。
ってか重! やっぱニックは力持ちで便りになるなぁ。帰宅部とは思えないや。
「おいおい、もっと力込めろよな~」
「そうそう。全然持ち上がってないよ?」
天井近くまで幕を持ち上げるニックに対し、重い幕に押し潰されそうになっているオレより少し小さめの男は
愛想が良く、誰にでも好かれるタイプだ。
「お前も持ち上がってないじゃんか」
「おおっ? ナイスツッコミ! でももう少しキツイ言葉でもよかったんじゃない?」
「何でもいいから二人ともその状態でしっかり押さえててくれよプリーズ!! 俺だって限界はあるんだリミット!」
「待って」
オレは右手を真っ直ぐ突きだした。
実は、オレにはいつしか備わった超能力がある。
超能力と言ってもとても微少な物で、対象に手の平を向けると、約3秒間その対象の動きを止めるというもの。二人もこの力のことは知っており、オレが手を前に突き出している光景を見るとすかさず「またやってんのか?」という声が飛んでくる。
「見とけよ……ふんっ!」
「相変わらずの力だなミステリー」
「疲れるから普通にもったほうがいいんじゃない?」
裕太の言う通り、超能力を使うと目眩などの疲れに襲われる。
無事幕を張ることができたが、オレは力の弊害で弱っていたので、教室の隅で少し休憩を取った。
オレ達の血と汗と涙の結晶である幕は白を少しも見せること無く、真っ暗闇を演出していた。
オレが休んでいる間にお化け屋敷は完成を迎えたらしい。
「やっと完成だねっ!」
「完璧だな……! 一度明日の段取りを確認しないか?」
どこかからそんな声がした。
その言葉をきっかけに、賛成の声が次々と上がっていく。
勿論オレもそれには賛成だ。オレはお化け役であるため、本番で驚かすタイミングをミスる訳にはいかない。
その時、近くでスマホの通知音がした。
「あっわりい俺ちょっと用事できたから帰るわ。明日の文化祭、絶対成功させようぜブラザー!」
「お、おー! ってニック帰っちゃうの?」
「ああ、本当すまないソーリー。裕太、俺の分まで練習しといてくれよなプラクティス!」
「ええー? しょうがないな~」
さっきの通知音はニックだったのか。
ニックと裕太は共に受付だ、どっちかが残れば心配はないけど……最近のニックは急に帰ることが増えた気がする。
結局皆に見送られ、ニックは帰宅した。
オレ達も一度通しに入ってみたが、いかんせん上手くタイミングが掴めない。2、3回の試行錯誤の後、やっと及第点かと思われる出来となった。
驚かすことがこんなに難しいとは……、あの時じゃんけんに勝っていれば二人のように受付で楽に出来たんだろうな。
「みんな今日はここまで。もう遅いし、帰りなさい」
各クラスの様子を見回っていた担任が戻ってきた。
担任の言う通り帰宅しようと窓へ目を向けると、外はすっかり暗くなっていた。
続々と教室を後にする生徒達に続き、オレと裕太も学校を後にした。
帰路につき、明日の文化祭の回り方など他愛もない会話を繰り広げる。普段と変わらず楽しいことは楽しいのだが、一人欠けた今では少しの物足りなさもある。
「じゃー俺っちはここで」
「ん、また明日ー」
いつもの十字路で裕太と別れ、我が家に向けて大通りを進んでいく。すると人気が無く、誰も近寄らないような裏路地へと姿を消す男が横目に見えた。
「ニック……?」
高めの身長に淡い茶髪。服装は別の物だけど、容姿は上から下までニックに酷似している。
(ニックのやつ、オレ達に内緒で楽しいことでもしてるのか~?)
気のせいだとは思うが、オレは後をつけることにした。
もしニックじゃ無かったとしても、裏路地がどこに繋がっているのかは気になっていたしね。
だが、オレを待っていたのは想像を遥かに越えた非現実だった。
「くっ……! こいつ、並の相手じゃねえぞホワイ!?」
裏路地を抜けた先は少し開けた行き止まりであり、さっきの男に加えて現実ではありえないような怪物がそこにはいた。
男の上げた驚愕の声からして、ニックで間違いないだろう。
どうしてニックが? 用事ってこの事だったのか? 様々な思いが体中を駆け巡る。
今すぐにでも問いたいところだが異形への恐怖心により足がすくんでしまい、壁に隠れながら様子を見守ることしか出来なかった。
怪物は真っ黒なシルエットであり、キツネのような見た目をしているが、少し人間のようにも見えるといった近寄り難い雰囲気を醸し出している。直感が危険を察知している。
素早い動きで噛みつきにかかる怪物に対し、ニックも人間離れした動きで捌いている。オレは目で追うのがやっとなのに、ニックは怪物の突進を間一髪で避けたり反撃したりと頼もしい。
怪物についても気になるが、今はそれ以上に一人と一体による攻防が見逃せない。
ゲームとは違う緊張感、非現実への高揚。
いつしかオレは恐怖を忘れ、闘いの行く末を食い入るように見つめていた。
少しずつ、ほんの少しずつだがニックの体に傷が出来ていく辺り、戦局は向こうに傾いていると思われる。
(初級の相手だと聞いて来たが、こいつは中級レベルだぞ!? このままではマズい……やむを得ん!)
一度怪物と距離をとったニックはその場で腰を折り曲げ、両手を地面について見せた。
もしかして降参の合図か? いや、それにしては不格好すぎる。
というか怪物相手に降参とかあるのかな。
「カモン!
ニックの叫びと共に、地面に付けた手から怪物に向かって一直線に線路のような物が敷かれた。と、言うより地面から浮き出てきた。
怪物の胸に刻まれたバツマークは列車の終点のようにも見える。
地面から手を離し、突き出された右手からはゲームで見たことの有るような召喚陣そっくりの円が展開され、相手のサイズより少し大きめの赤黒い列車がそこから出現した。列車は怪物に向けて敷かれたレールを猛スピードで進んでゆく。
「やったか!?」
鳴り響く轟音と共に怪物の唸る声が聞こえた。
だがそれは苦痛の声などではなく、余裕綽々とした見下すような鳴き声だった。
正直、真っ直ぐ列車を進ませた所で横にかわされることは目に見えている。だから、オレはその結果に驚きはしなかった。
「俺の必殺技が……かわされただと…………!?」
どうやらニックは当たると思っていたみたいだけど。
オレは自らの体を膝で支えるニックを見て、加勢することを決意した。
オレ一人増えたところで何も変わらないとは思うが、目の前で友がやられる所なんて見ていられない。
……ザッ……ザッ
「!?」
オレが両者の前に姿を現すと、怪物は一歩後退りし、ニックは目を丸くしてこっちを見てきた。
「おま、り、リョー! どうしてここに……?」
「ずっと見てたよニック、ここに向かう所から。いろいろ聞きたいことはあるけどそれは後にして、まずはあの怪物を倒そう」
「危険だデンジャー! 俺を置いてすぐに逃げろ、今ならまだ間に合う!」
「大丈夫。アレを忘れたの?」
「……!」
此方の様子を伺う怪物。長々と話をしている余裕なんてない。
ニックもオレの意図に気づいたようだ、重そうな体を持ち上げ、なんとか立ち上がった。
「いけるか?」
「……なんとかな。
さっきと同じ要領で怪物を終点とし、ニックが列車を呼び出す。
今度も避けれると思っているのだろう、オレ達を嘲笑うかのような表情をしながら左右にステップを踏んでいる。
列車は先程と同じく怪物を捉え、猛スピードで向かっていく。
さっきは怪物まで約5秒で到達した。今ならいける!
生き物を止めたことはないけど、やるしかない!
「うおおおおおお! 止まれえええええええ!!」
怪物が余裕の表情で横っ飛びをしようとしたその刹那、オレの自慢の超能力で動きを止めた。怪物は自分の身に降りかかった不幸に気づかないまま、列車の巨体に押し潰されていった。
列車が消え、怪物は声にならない叫びと共にその場に崩れ落ちた。
「やったなリョー!」
「おう!」
「うっ……目眩がするぜグルグル……」
「オレもだよ~ってもはやそれ英語じゃないよ?」
ニックは力を使い果たしたらしく、両膝を支えにして立っている。オレも疲れに襲われ、ゆっくり地面に膝をつこうとした。だがその行動とは反対に、オレは後方の壁へと叩きつけられた。
何が起こったのかさっぱりわからない。もしかして、何かオレに飛んで――――ガハッ。
口に鉄の味が広がる。反射的に下を向くと、オレの腹には大きな穴が開いており、それに気づくと同時になんとも言えない激痛がオレを襲った。
顔を上げると、怪物が消えていく姿が目に映った。
折角倒したのに、オレの力が役に立ったのに……!
痛い、痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい。
だがそんな思いもすぐに失せ、薄れゆく意識と共にニックがオレに駆け寄る姿が見えた。だが、途中で力尽きて倒れる姿を最期にーーーー俺は意識を失った。
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