冬の魔物

やざき わかば

冬の魔物

 冬という季節に気をつけて。

 「彼ら」はいつも、貴方を捕らえようと狙っているから。


 ------


 私の名前は詩織。大学に通う普通の女子大生だ。高校までは実家住みだったのだが、大学進学を機に、関東で一人暮らしを始めた。生まれも育ちも南の私が、初めて生まれ故郷を出たというわけだ。


 そして今回、初めての冬が訪れた。


 これは寒い。寒すぎる。正直舐めていた。しかしながら、部屋に備え付けのエアコンは、電気料金を考えるとあまり使いたくない。なので大急ぎで、こたつと羽毛布団と、綿入り半纏を購入した。


 さっそくこたつに入ってみる。


 これは凄い。暖かい。そのうえで半纏を着る。これは最早魔法である。なんだこれは。今初めて、マンガやドラマ、映画などのシーンに納得がいった。もし私の人生が物語になったら、必ずこの感動を長々と書き綴るだろう。


 こたつに入って半日が過ぎた。もう夜である。ご飯を食べなくてはならないのだが、いかんせん腰に根が生えてしまっている。


 そうはいっても腹は減る。私は意を決して、外に食材を買いに出た。もちろん半纏は着たままだ。変な目で見られるかと思ったが、案外そうでもなかった。


 今夜はお鍋にすることにした。


 こたつで食べるお鍋。冬に雪が降る地域の人々は、こんな幸せを味わえるのか。南国の冬もそれなりに寒いと思っていたが、こんな幸せはなかった。これは不公平である。私はお鍋を食べながら、憤った。誰のせいでもないのだが。


 さて、夕ご飯を食べ終え、食器や鍋をシンクに大急ぎで運んだ。カセットコンロはとりあえず放置している。そのままこたつに入り、スマホでSNSをしたり、動画を観たりしていると、もう寝ないといけない時間帯だ。


 こたつは私を捉えて離さない。私の中の悪魔が囁く。

「もう、このまま寝ちゃいなよ」

 私の中の天使がそれに反論する。

「ダメだよ。身体が痛くなるし、眠りも浅いよ。お風呂にも入らないと」


 意を決した私はこたつを出て、お風呂に入り、髪を乾かし、まだ身体が暖かい状態で、買ったばかりの羽毛布団に潜り込んだ。


 最初こそ冷たいものの、どんどん暖かくなっていくそれに、私はこたつとは違う、母のような温もりを感じ、そのまま寝入ってしまった。


 そして次の日の朝。


 学校に行かなくてはならないのに、布団から出られない。布団は私をまんまと捉えてしまった。これはもはや拘束である。拉致監禁である。


 結局、私は遅刻ぎりぎりで登校できたものの、これから毎日、彼らの誘惑に打ち勝たなくてはならないのだ。私は、春までの長い闘いに、冷や汗を垂らした。


 ------


 なんとか闘いに勝ち、安堵していた私に、今度は夏が襲いかかってきた。前回の夏は新しい環境にうつったばかりであまり感じなかったのだが、夏は夏で殺人的に暑い。


 扇風機を買ったものの、ぬるい空気をかきまわすだけで、あまり役に立たない。仕方がないので、引っ越して初めてエアコンを使った。


 …涼しい。もう部屋から出られない。私は、今度はエアコンという名の呪いに抗わなくてはならない毎日を想像した。ここでゾッと出来たら安上がりなのだが、夏の暑さはそれすらも許してはくれないようだ。


 ------


 夏という季節にも気をつけて。

「彼」もまた、貴方を捕らえようと狙っているから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冬の魔物 やざき わかば @wakaba_fight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ