第80階層 とある帝国文官

「………………」

「………………」

「どう思う、コレは本物だと思うか?」


 ある日、イース卿から送られてきた書簡と共に付いていたという物、世界地図。

 それは、この世界の地図だと言う。

 巨大なキャンパスに精巧に描かれたそれは、我が国の全土はおろか、本当に世界の果てまで載っている。


 この間の人体模型と言い、こんな物をいったいどうやって作り上げるのか。


「皇帝陛下の側近達が、口をそろえてカーラード王国を侮るな、決して下に見てはならぬ、特にイース卿には気をつけろと」


 重たい沈黙が場を支配する。


「我々はカーラード王国に嵌められたのではないか?」


 すぐに戻って来ると言っていた、陛下の側近達は、未だに誰一人として戻って来ようとはしない。


 カーラード王国のダンジョンシティを、我が帝国の物にする、と意気込んで向かって行った人達がだ。

 ただ、王国の危険性だけを説き、何の行動も起こせずにいる。

 残った我々も、忙しすぎて諜報すらままならない。


「リニアモンスターカーの運用、穀物の販売、それに人がとられ、文官どころか武官まで総動員して対応している」


 皆が皆、目に隈を作って作業している。


 少しでも学がある人は、ほとんどがそこへ配属される。

 何せ、世界中の国々と話し合いが必要なのだ。

 外交官だけでも百人以上が必要になる計算だ。


 そんな人間が一体、どこに居るというのだ?


 そして外交官を動かすにはその数倍の人間が必要だ。

 こんな事をカーラード王国は行ってきたと言うのか?

 無理だ、どう考えても無理なんだ。


 昨日も1時間ぐらいしか寝ていない……

 しかも、儲けがあるかと言えば微妙である。

 下手に高額にしてリニアモンスターカーの運用が減り、維持費を上回るだけの売り上げが無くなると破綻しかねない。


 今般の穀物拡大政策において、ほとんどを種としてばら撒いた為、小麦も現在非常に品薄になっている。

 売買の話よりも、独占している批判の対応が多い。

 本来なら製造元のカーラード王国へ言ってもらいたい話だが、実際に販売しているのは我らだ。


 そりゃ、他の国も窓口である我が国に文句を言う。


 様々な問題は全部、我らグランサード帝国が悪いとなっている。

 欲をかいた我らが悪いのか、それを見越して我らに押し付けた彼の国が悪いのか。

 それを今更、嘆いた所で何も変わらぬ。


 むしろ、文句を言ってリニアモンスターカーと穀物を止められてしまうと、今や、そこに集中してしまっている我らの経済が破綻する。


 まるで首根っこをカーラード王国に握られている様な感じすらする。

 こんな世界地図を作り出すような国だ、最初から、この状況は全て描かれていたのだろう。

 そんな国と争って勝ち目などあるはずが無い。


「千年以上続く街を、ダンジョンで潤って来た我が国の有数の場所を……」


 捨てろと言うのか。


 イース卿の要望は、とあるダンジョンを差し出せとある。

 そこは千年以上に渡って、そのダンジョンを中心に潤って来た街がある場所。

 そのダンジョンが無くなってしまえば、街が衰退するのは目に見えている。


「良いじゃないか別に、その街の住民を全部引っ張って来て、リニアモンスターカーの運営と穀物販売に当てれば良い」

「簡単に言ってくれるな、そんなもの住民が納得するはずがなかろう」

「なら、どうしろと言うのだ? 陛下を人質にとられ、経済の根元を押さえられ、さらにこの様な物まで送って来て格差を見せつけられる」


 要請を断れる訳がなかろう。と、悲嘆にくれた表情で呟く。

 そんな暗い雰囲気の中、一人の若者が手を挙げる。

 彼は……確か元兵士で、人が足らず私が引き上げた者だったはず。


 私は彼に発言を許可する。


「アクレイシス女王陛下に、頼ってみてはどうでしょうか?」

「ふむ……?」


 アクレイシス女王はとても気さくで唯の一兵士である自分に対してでも、まるで友人に接するような態度であったと。

 そんな女王陛下であるのなら、我らの嘆願も聞き届けて頂けはしないかと。

 しかし、最終的に判断するのはイース卿であろう。


 確かにカーラード王国のトップはアクレイシス女王だ、だが、その実態は唯の象徴であるとも聞く。


「潜入班からは、女王とイース卿の夫婦仲はあまり、よろしくないと聞いているしな」


 日中はおろか、夜間ですら共に過ごす事は無い。

 寝室も別々で、イース卿には常に別の女性が付き添ってまでいる。

 逆に女王は自由に出歩き、日中はどこに居るかすら掴めいないそうだ。


「そんな……もしかしてイース卿は、ただ国を手にするが為に女王と婚姻したとでも言うのでしょうか?」

「そうだな……少なくとも愛は無いであろう、クレスフィズ皇子との婚約にも一切反対しなかったそうだしな」

「その上、自分は別の女性を引連れていると……なんという事だ……」


 イース卿の評価はカーラード王国内でも微妙な様だ。


 人々の安寧と平和を尊び、差別のない平等な世界を目指す聖人君主の様な人間だと言う。

 だが反面、自分に従わない者には容赦せず、矯正施設なる場所で人格を破壊したり、イース式スパルタ訓練と言う、常識を逸した強化方法を編み出したとも言う。

 今回の要請だって、断ればどんな目に合わせられるか分かった物では無い。


 便箋数枚にも及ぶ、要請とは関係ない文章……もしかしたらコレは、なんらかの脅しなのかも知れない。


「そうでもないぞ、カーラード王国の旧王都を治めるバクラット大統領に話を聞いた事がある」


 外交官を勤めている者が発言する。


「イース卿はたとえ王族であろうとも、唯の風景としか思っていない。そんな彼が唯一興味を示したのがアクレイシス女王陛下であったのだと」


 かの女王が居たからこそ、我が国はイース卿を手にする事が出来たのだ。

 よって、女王に危害を及ぼす事は止めた方が良い。

 イース卿を動かしたいのなら、まずは女王を味方に付けよ。と。


「キーパーソンはアクレイシス女王陛下か……」

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