第73階層

 ふざけてんじゃね、あの帝国。


 国と国の繋がりを強めるために、うちの女王陛下へ帝国の第一皇子を婿入りさせよう、等と言いだした。

 すでに女王陛下にはお婿さんが居るのだが?

 ええ、自分の事であります。


 オレの事はまるっと無視かよ。


 しかも、女王陛下も困惑しながらも表立って拒絶しようと言う素振りを見せない。

 そりゃまあ、向こうの方が見た目が良いし、カーラード王国にとっても望んでも無い出来事ではある。

 世界一を自称するグランサード帝国の第一皇子が婿に来ると言うのだ。


 カーラード王国とグランサード帝国がほぼ対等であると、各国へ知らしめる又とない機会。


 むしろ、カーラード王国の方が上であるとまで思わせられる。

 そのうち後宮の様な物でも持てば良いとは思っていたが、相手はオレと同じ男だぞ?

 なんか納得がいかない。


 不貞腐れてベッドに仰向けに倒れ込む。


 と、オキクさんが隣に座り込み、ひょいっとオレを抱えて膝枕の様な姿勢にする。

 …………結構、力あるなオキクさん。

 自分の太腿に置いたオレの頭をゆっくりと撫でるオキクさん。


 もう、向こうがあっちの皇子と浮気するなら、オレはこっちのオキクさんと浮気するぞ。


 前世の記憶の所為か、こういう純和風な女性が傍に居ると落ち着くんだよなあ。

 あの女王の様に煩く騒ぐ事も無く、物静かでしっとりと。

 仕事の方はまあ、まだ慣れていないのか失敗する事は多いけど、あの女王の様な問題行動は起こさない。


 気が付けば隣に居る、みたいな距離感。


 決して嫌いじゃありませんよ。

 まあ、夜中にそれをやられると心臓が止まりそうにはなりますけど。

 今じゃ、嫁さんであるアクレイシス女王より、オキクさんの方が一緒に過ごす時間が長いぐらい。


 と、トントンと誰かがオレの部屋の扉をノックする。


 護衛のファリスさんが扉を開けると、そこにはボルヴェイン兄上の奥方、シオン嬢が立っていた。

 なんでもオレに相談があるらしい。

 部屋に入ってもらい内容を聞いてみる。


「ボルヴェイン様がその……私の事をなんだか、その……妹か娘を見るような態度で接している様な気がするのです」


 おかげで、結婚式からだいぶたった今でも処女なんです、と打ち明ける。

 うら若き乙女が、処女です、なんて言うもんじゃありませんよ?

 シオンさんもアレだなあ、男性と同じように育てられた所為か、乙女心と言うのが少々抜けている様な気がする。


「どうすれば嫁として見て貰えるでしょうか?」


 何やら隣でオキクさんもウンウンと頷いている。

 まあ、兄上の気持ちも分からない事は無い。

 自分で決めた嫁さんじゃないのだから、戸惑う気持ちもあるだろう。


 子作りは貴族の義務だとは言われても、これまで女性と付き合った事も無いんだ、ハイそうですかと言って済ます事も出来ないだろう。


 特にあのお方は、戦闘面では強気だが、その他の面では意外に繊細だ。

 根が真面目なんだろうなあ。

 しかもシオンさんはこう見えても、元お姫様。


 中々、手出しはしづらいでしょうね。

 何事も最初の一回目と言うのは躊躇してしまうモノだ。

 愛があるとしても、恋人と言うよりも、家族愛に近い。


 まだまだ、預かっている他人という側面も強いのかも知れない。


「そうですね……ますはシオンさんの気持ちを正面から打ち明けてみるのはどうでしょうか?」


 ボルヴェイン兄上には下手な小細工するより、真正面からぶつかって行った方が良い。

 今、ここで言っていた事でも良い。

 シオンさんの気持ちをそっくりそのまま、兄上にぶつけてみてはどうか? 等と言ってみる。


 兄上も決してシオンさんを嫌っている訳じゃない。


 夜道では絶対に一人にする事はないし、共に歩くときは常にシオンさんが内側に来るよう心掛けている。

 あんな見た目でも、我ら兄弟の中で一番、紳士的なお人である。

 そう言った所でもシオンさんを大切にしている事は伺い知れる。


「分かりました! 今日帰ってでも、すぐに打ち明けてみます!」


 それで処女を卒業です! などと言って拳を握りしめる。

 いやだから、女の子がそういった言葉をですね……


「…………好きです、愛しています」


 えっ?


「えっ、ええっ~~!?」


 前に座っているシオンさんが素っ頓狂な声を上げる。


 隣に座っていたオキクさんが、オレの手を取ったかと思うと、いきなりそんな事を言ってくる。

 えっ、コレってどういう流れ?

 なんでここでオキクさんがオレに愛の告白をするの?


 確か、シオンさんがボルヴェイン兄上に告白するって話だったよね?


 何かの冗談かな? とも思ったが、オキクさんはそんないたずらをする様なお人じゃない。


 何が何だか分からなくて、唯、困惑しかない。

 もしかしてシオンさんにお手本でも見せようとしたの?

 相変わらずの無表情なので、本気かどうかも判断が付きかねない。


 と、スッと立ち上がったかと思うと、一度、お辞儀をして部屋の外へ出ていく。


 シオンさんは只管、オレとオキクさんが出て行った扉を交互に見やる。

 一体、何だったのだろうか……?


◇◆◇◆◇◆◇◆


 私はソッと扉を開けてみる。


 顔を押さえて蹲っている、オキクさんに化けた女王陛下。

 いや、良くやったと思いますよ?

 陛下と皇子の熱愛報道に揺れている所にビシッと決めましたね。


 コレで多少は天秤が傾いたのではないでしょうか。

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