第40階層 アクレイシス・カーラードその4

「君達、そんな所で何を揉めているのだね?」


 我が弟達、ファミュとバクラットが王宮の通路で何やら揉めている。

 ここは長男、コホン、もとい長女として仲裁が必要かろう。

 ガーネット――――ガー様のおかげで、大手を振って女装して出歩ける。


 ふむ……女装じゃないな!


 ファミュが私の顔を見て、全てを諦めたかのような表情を見せる。

 以前の挑戦的な態度もアレだったけど、そっちはそっちで傷つくぞ。


「あんたがっ、あんたが、あんな事をするからっ!」


 と思っていたら、突然、バクラットが掴みかかって来る。

 なにゆえ……君とはそんなに険悪な間柄じゃなかったでしょ?

 むしろ友好的であったはず。


「僕はっ、僕はイース・クライセス伯爵と敵対する気は、これっぽっちも無いんだよ!」


 だったらなぜ、私に掴みかかって来るの? 反抗期なん?


「あんたの所為で、僕が王にされかかっているからだよ! イース・クライセスと敵対した王様など、破滅まっしぐらだよ!」

「そうなん?」

「えっ、おまえ、そんな事は一言も……」


 考えても見て欲しい、穀物の存在を。


 不老長寿の妙薬だよ? 頭脳を高める事の出来る秘薬だよ? それの大本を押さえているのがイース・クライセスだ。

 彼がそれを出さないと言い出したらどうなる?

 他の地域でも栽培は始まっているが、そのほとんどが彼の息がかかっている連中ばかりだ。


 武力で制圧しようにも、あれだけ離れていれば、辿り着くだけで消耗する。などと言う。


「小麦を……小麦を止められたら……僕の頭脳にまた霞がかかってしまう!」


 バクラットは頭を抱え込みながら続ける。


 小麦を食べだして自分は変わった。

 まるで頭の中の霞が晴れたかのようにスッキリした気分になれた。

 苦手だった勉強も、やればやるほど身について、知識が入ってくる事に快楽すら感じる。


 さらには、これより栄養価の高い『米』などと言う、食物も見つかったらしい。


「ああ、米か、あれは美味かったなあ」

「食ったんかぁああ、おめえまでえぇええ!」


 僕だけ食べられないってどういう事だあ、とファミュに掴みかかるバクラット。

 コイツ、こんな性格だったっけ。

 やっぱあのダンジョン産の小麦、ヤバい成分が入ってんじゃね?


 最近の王室の小麦はダンジョン産を融通して貰っているし。


「白い粉、白い粉をくれええ……!」


 これもうジャンキーじゃん? ヤバいわぁ。

 そのうち、多少は落ち着いてきたのか掴みかかっていた手を放す。


「それにですね、私は彼が主張する、共産主義社会というものに深い感銘を受けております」


 恵まれた兄上達には分からないでしょうが、アレはとても素晴らしいものです。

 誰もが平等にして、幸福な世界。

 こんな殺伐とした世界で、そんな考え方が出来るのは彼しか居ない。


 彼こそ、聖人君主として尊ばれるべき存在だ。等と、恍惚とした表情で答える。もう宗教じゃね? やっぱ、ヤバいわぁ。


「それよりアクレイシス、私達に何か用があったんじゃないのか?」

「ああ、そうそう、父上が家族会議だって」


 そう言うと、二人の顔が真顔になる。

 そして、バクラットが私の方を向いてため息をつく。


「また、そんな言い方をして……王前会議でありましょう。ようやく父上も腰を据えたと見てよろしいのですか」

「イース君も良く家族会議って言うよ?」

「家族会議……素晴らしい響きですね」


 コイツ……


 何はともあれ、弟達を連れ立って父上の元に赴く。

 そして私たちは思い思いの席に着く。

 全員が着席した後、父上が口を開く。


「結論から言おう、アクレイシス、お前を女王に任命する」

「っ……」


 何かを言おうとして止めるファミュ。


「やはり駄目でしたか」

「ああ、アクレイシス以外が王になるなら、自分は決して政治には関わらないと言って来た」


 バクラットが王に問いかけ、王はそのように答える。

 どうやら、バクラットが王になった場合、その補佐を頼めるかイース・クライセスに問いかけていたらしい。

 ああ、コレはきっとアレだね、最後の悪あがきとか言う奴だね。


 なんでも私が王になると、その補佐をすると約束したらしい。


 でも、きっとやりたくないんだろうな。

 彼の事だ、苦し紛れに言ったのが、ありありと思い浮かぶ。

 だからワンチャン狙って、他の奴なら手伝いません等と言ったんだろうなあ。


「それに、アクレイシスを王にするなら今をおいて他にはない」


 私を王にするのに躊躇っていた最大の原因は、無理やり王に据えても、国民が認めない可能性があったからだそうな。

 貴族だけ、国民だけ、と、どちらか一方ならまだ抑えようもある、だが両方を敵に回して無事だった王族は存在しない。

 それが今は、王に成る為に女性なのに男性として育てられたという事で、同情票が集まっている。


 今ならば、私を女王に据えても反対する国民は少ない。


「ところでファミュよ、イース・クライセスはお前になんと言った? なんでもアクレイシスを生涯に渡って支えるとかなんとか」


 意気消沈していたファミュの目に光が灯る。


「はっ、このファミュ、確かにお聞きしました。イース・クライセスはアクレイシス・カーラードを支え、生涯、支え尽くす事を誓うと」


 えっ、ちょっと待って、その話、詳しく!


「最悪、女王(アホ)は象徴でも構わん。その裏でしっかりと動くものが居れば。そうは思わんかファミュよ」


 ちょっと父上、我が子にアホは無いでしょうに。


「その通りでございます! 確かに彼は、女王(アホ)に出来ない事があれば、自分が代わりに行うと言っておりました」

「なるほど! 彼を我が王家の血筋に取り込むという事ですね! それは名案です! 女王(アホ)陛下、万歳!」


 君達ねえ、さすがにそう連呼されると私も拗ねちゃうよ?


「巷ではアクレイシスと彼のラブロマンスの話が流れているそうだ」

「なるほど、位の低い伯爵であろうとも王配になる理由にもなりますね」


 きっとガー様の仕業だろうなあ。

 凄いよねえあの娘。

 でもちょっと怖いんだよねえ。


 ふと気がついたらこんな事になっているし。

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