第30階層 とある冒険者
イース・クライセスが冒険者を募っていると言う、そこに入り込み、情報を集めてこい。
スパイを生業にしていた僕が新たに受けた任務がそれだった。
イース・クライセスが集めている冒険者の条件、それはとても特殊なものだった。
まず第一に、これまで手にして来た如何なる財産、資産、一切の持ち込みを禁止するというもの。
そこには、冒険者達がダンジョンを探索して手に入れた、魔法の武器・防具も含まれる。
そして王国貨幣も同じで、仮に持ち込めたとしても領地では使用出来なく、全て独自の貨幣で取引される。
すでに持っている資産に関しては王国最大の商会が責任をもって預かり、村から出る時には返して貰えるとの事だが、村に入るには裸一貫で行かなければならない。
正直、これだけでも驚くべき内容なんだが、さらに続く文面が行く気を失わせる。
普通はダンジョンで得た金品は冒険者の物となる。
一部ダンジョンを中心とする街では、ギルド預かりになる場合もあるが、それでも物に応じて報酬は出る。
しかし、イース・クライセスのダンジョンでは、そこで出たもの全てを回収し、個人には一切の金品が支給されない。となっている。
この時点で、冗談だろ? と言って破り捨てる案件なのだが、これに続く文面が一部の人を惹き寄せている。
それは三つの保障、住居・食事・医療の全てが無料だという事だ。
住む場所は地下になるが、夏でも涼しく、冬でも暖かい。常に一定の温度が保たれており快適な空間をお約束します。と記載がある。それが、驚きの無料で住める。
食堂に行けば、いつでも好きな料理を食べる事が出来る。どれだけ食べても、なんと、驚きの無料である。
さらに、怪我や病気になった場合において、差別なく全員が同じレベルの医療を受けられる。しかも、驚きの無料なのだ。
さすがに詐欺だろ、と疑うレベルだ。
特に医療が無料などありえない。
冒険者がダンジョンに入って無傷で済むはずがない。
当然、全員が治療を受けられるキャパはない。
だから、医療費には高額な報酬が設定されている。
金だ、金が無ければ、治療を受けられない。
生きて無事に戻れたとしても、金が無い所為で怪我を治せず、死を迎える事だってある。
それが無料だなどと、ありえない。と、どの冒険者も首を振る。
その上、武器防具などの装備品はダンジョンの出入り口で貸し出される形となり、個人での所有が出来ない様になっている。
当然、ダンジョン以外への持ち出しも禁止の様だ。
自分だけの愛用の武器を使えない。など、冒険者にとって最も忌避されるべき事態。
唯一つだけ、この条件でも問題の無い人達も居る。
それは駆け出しの冒険者だ。
まだ何も持っていない、自分の体一つしか無い、そんな人達。
3つの保障が嘘でないとすれば、まさしく天国の様な場所。
装備は用意してくれる。
住む場所、食べる物には苦労しない。
さらに怪我をしても必ず治療を受けられる。
「どうする? 健康である事が前提の様だが」
「私は又とないチャンスだと思う。これが本当なら、後になって行きたいとなっても人数制限や怪我などして入れないかもしれない」
「だが、あの、危険な場所にある領地だぞ」
駆け出しの冒険者は色々話し合いながらも、結局、あのイース・クライセスなら、という希望にすがり決意を固める者達が続出する。
イース・クライセス、彼は貧富の格差がない、平等な世界を目指していると言われている。
生まれついての能力で、貧富の格差があってはならないと、そう言っている。
偶々、手の長い体に生まれたからといって、手の短い人を虐げて良いはずがない。
むしろ、手の短い人が届かない物を取ってあげ、それを共に分かちあうべきだと。
そんなの、手の長い人が一方的に損をしているじゃないか、と問われれば、それは傲慢だと彼は答える。
手が長い人が物を取っている時、手の短い人は何もしていない訳じゃない。
むしろ、長すぎる手を持つが故に気づけなかった、すぐ身近にある最も大切な物を一生懸命かき集めてくれているのだ。
そんな事を言う人物が嘘をつくはずがないと。
今の世の中は、それこそ弱ければ死ね、と言われるような世界だ。
力なき者を見捨て、残った物を取り合うような世界。
そんな世界に、嫌気がさしている人も、少なくはない。
「あんた、バイシクルのトップランカーだろ。なんでこんな所に来たんだよ」
「イース・クライセスの作る、平等な世界って奴を見てみたくてな」
僕はそのうちの一人に声をかけてみた。
彼は常々、力のある者だけが富を手にする世の中に疑問を持っていたそうだ。
俺は片手で一体のモンスターを倒すことが出来る。
だが、同じ一体のモンスターを五人で集まって苦労して倒す事しか出来ない奴も居る。
そして俺は楽をして一体分のモンスターの報酬を貰い、苦労して戦った五人は俺の五分の一の報酬しかもらえない。
「そんなの当り前じゃないっすか」
「だが、ここじゃ違うぞ。俺も五人もまったく同じ報酬だ」
正直、傷だらけになって帰って来た若者を見て、片手間で済ました自分が大金を貰っているのに罪悪感を感じていたという。
「でもそれは、あんたが倒したモンスターの分も五人の取り分に含まれるって事じゃないっすか」
「そうだな、俺がモンスターを倒せば、必ず五人、いや、ここにいる全員の取り分になる訳だ」
なら、もっと頑張る理由にもなる。とも言う。
「意味が分からないっす」
「俺が得たものの利益の大半はな、結局のところ、金持ちや権力者が持っていくんだ」
金持ちがダンジョンを運営するのは、それが金になって自分に戻ってくるからだ。
そうなると、金持ちが冒険者と言う奴隷を使って金を作り上げるシステムがそこに出来あがる。
極端な話、冒険者の命を消費して金儲けをしているともいえる。
「ここだってそうじゃないって保障は無いですよね?」
「ああそうだな、でもそれは、ここに来てみないと分からない事だ」
そして俺は、イース・クライセスという人物を見て、そうでは無いと確証している。と答える。
僕はイース・クライセスという人物と会った時の事を思いだす。
あの人は、冒険者だからといって蔑むような事はなかった。
ぼろぼろの布切れをまとった相手でも丁寧な受け答えを続け、暴言を吐く相手にも笑顔を向ける。
貴族としては異例中の異例。
人を消耗品だ等と思っている人物には到底思えない。
それは、ここに住む人々を見て特に感じている。
元々は盗賊や山賊の類だった荒くれ共が、尊敬し、敬っている。
あの人の為になら命をかけても良いと、思わせるほど高い理想を掲げている。
…………問題は、コレをそのまま、僕の雇い主に報告した後の事か。
僕の雇い主はイース・クライセスを真似てみたいと思っている。
だが、これが出来るのはイース・クライセスだからこそだと思う。
このシステムは悪用すれば、管理者が富を独占する事だって可能だろう。
それをうまくコントロール出来ているのは、貴族としては異例の彼だからこそ。
僕が報告すべきものはこのシステムでなく、彼という人物であるのかもしれない。
そしてそれで、我が主がイース・クライセスという人物を目指してくれるなら言う事はない。
報告には、村人や冒険者から聖人として崇められているとでも書いておこうか。
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