第8階層
まあ、そんな訳で、野菜や芋などは普通に食べられているのだが、穀物は誰も食べていない。
というより、蛇蝎のごとく嫌われている。
無駄に大きく成長し、ほかの作物の成長を妨げた上に、大量の種をばらまき増殖する。
まあ、だからこそ、大量に採れる麦は前世での主食としてのし上がった訳だが。
でも、肉があるなら肉食うよね?
それにパッと見た目、どこが食べられるの? って感じだしな。
草や茎は当然食物に適しないし、種の部分だって固い殻に覆われている。
しかも種だぜ? 普通、食べようとは思わないだろう。
肉ですら粉にしているこの世界、中には穀物の種を粉にして食べてみた奴は居るかもしれない。
でもな、この世界の麦、まっずいんだわ。
甘味なんてまったく無い。
えぐみがあるというかなんというか。
とりあえず、それらしい奴の殻を剥いて焚いてみた。
すげ~苦いの。
麦飯? いやいや、あんなもの可愛いもんだ。
そら、草食系のモンスターだって遠慮するぐらいだしな。
前世の麦類は、数千年に渡って品種改良された物。
この世界の、ほぼ原種の麦では到底太刀打ち出来やしない。
一から改良するんかコレ、と思って気が遠くなった。
だが、どうしても穀物を食べたい理由があった。
別に前世を食事を懐かしんでとか、パンがどうしても食いたいとか、食い意地の張った理由じゃない。
もっと切実なもの――――それは、寿命に関する事だ。
この世界の住民、40歳を超えて生きている奴がほとんど居ない。
成長が緩やかでピーク時がとても短く、一気に老いる。
20歳ぐらいまで緩やかに成長が続き、そこから30歳までは前世と変わらない、問題は30歳を超えた後だ。とたん老化が始まる。
40歳になる頃には、よぼよぼのおじいさんになって、50歳まで生きている奴は数えるほどしかいない。
肉ばっかり食ってるからじゃね?
しかもモンスター肉。
得体のしれない肉だし、栄養だって偏りっぱなし。
だからオレは、子供の頃から穀物を食べる様にした。まずいけど。
穀物には豊富な栄養素が含まれていると聞いた。
それは、肉や野菜では十分に取れない物もふんだんに含まれている。
もしかしたら伸びるかもしれない、寿命。
それに、それを裏付けるような出来事もあった。
オレは末っ子で、上二人の兄がちょっとアレな感じもあって、祖父母に大層可愛がられていた。
そんな祖父母が、オレが考案した食べ物だからと、朝だけ少量、一緒になって食べてくれていた。
数か月そんな毎日が続いたある日、痛かった腰が良くなった気がすると言って来たんだ。
よく見ると、しわくちゃだった顔にも張りが出て来た気がする。
きっと穀物には、人を健康にする特殊な栄養が含まれているかもしれない。と伝え、もっと食べるように推奨する。
アッハッハ、そんな事あるはず無いよ。等と言いながらも食べる回数を増やしていくと、どんどん若返ったかのように肌に張りが出来てくる。
平均寿命をとっくに過ぎた50歳になっても、40歳の頃と変わらず若々しい見た目になって、こりゃ本物だ、と慌てだす。
今や二人とも60歳近くになってもピンピンしている。
この国の最高齢である。
なのに、40歳の人より若く見える。
そうなると周りの連中も騒ぎ出す。
一つ問題があるとすれば、穀物の栽培には広く平坦な土地が必要になる事だ。
そういった土地はふんだんにあるのだが、モンスターから襲われる危険が非常に高い。
クライセス家は元々領地なしの法衣貴族、代々国の要職を務めて来たバリバリの官僚一家である。
うちのご両親達は良く分からないのに、そんな土地に村を作って穀物栽培を始める。
まあ、色々と問題が起こる訳ですよ。
オレが直接就任するまで何度全滅した事か。
全滅する度にノウハウもリセットされる。
これじゃ、何時まで経っても良い小麦は作れねえ、とばかり奮起して、金ならいくらでもやっからオレに家督を譲れと迫った訳だ。
ご両親も働かずに遊んで暮らせるなら、という条件で引退を決意。
それから数年、せっせせっせと改良して、ようやくちょっとはマシな小麦が採れるようになった。
外側を削りに削って、真っ白な部分だけを粉にすれば、だいぶ味もマシになった。
もう、なんて言うか、ただ種をバラ撒いたら育つと思ったら大間違い。
それに実った麦は、放っとくと穂から地面に落ちて、非常に収穫しづらくなる。
そう言えば前世の小麦や稲は、穂から種子の落ちにくい奴を選んで繁殖させていったと聞いた記憶がある。
今からやるのソレ……と、ほんと気の遠くなる話だ。
なので、まだまだ大量生産には程遠い。
うちの関係者と、王侯貴族のごく一部しか手に入らない。
去年ぐらいからは、希望する貴族に栽培方法を教えているが、軌道に乗り始めるのは数年先の話だろう。
土地の安全確保から始めないといけないしな。
うちは、たまたま手に入った、とあるギルドの連中を大量に連れて行って穴を掘らしたが、危険なエリアでも作業が出来る屈強な人達は、そうそう集まらないはずだし。
そういう訳なんでこの小麦、金貨以上の価値があったりするんですよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます